【連載 生成AIと声の保護】第2回
国内外の動きを時系列で追う -民間の自衛からルール形成へ
「推しの声優が、歌ったことのない曲を歌っている」「あの人の声で、本人が絶対に言わないようなことを言わせている動画がある」―ここ数年、SNSでこうしたコンテンツを見かけたことがある方は多いのではないでしょうか。音声生成AIの進化により、特定の人の声にそっくりな音声を、誰でも手軽に作れる時代が到来しました。
そして2026年、この問題は大きな節目を迎えています。人気声優がプラットフォーム運営会社を提訴した訴訟の存在が明らかになり、法務省は「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会」を立ち上げて議論を開始し、2026年8月7日には「取りまとめ報告書」を公表しました。まさに「声の保護」のルールが形づくられつつある、その現在進行形の局面にあります。
この連載では、音声生成AIと「声の保護」をめぐる国内外の法律・ビジネス・技術の動きを、法律の予備知識がない方にも分かるように、順を追ってできるだけ噛み砕いて解説していきます。それなりに回数を重ねることになりますが、読み終えるころには、音声生成AIと「声の保護」をめぐる議論の見取り図が頭の中に描け、今後のニュースや議論にもすっと入っていける—そんな連載にしたいと考えています。
連載の内容については、今後変更する可能性もありますが、おおむね次のような順番で連載をしていく予定です。
- 第1回 「声」が一人歩きする時代 ―なぜいま「声の保護」なのか
- 第2回 国内外の動きを時系列で追う ―民間の自衛からルール形成へ
- 第3回 そもそも「声」とは何か ―法的保護の全体地図を描く
- 第4回 国内編① 不正競争防止法で声は守れるか
- 第5回 国内編② パブリシティ権で声は守れるか
- 第6回 国内編③ 「声をみだりに利用されない権利」は存在するか
- 第7回 国内編④ 著作権法・商標法・その他の法律
- 第8回 海外編① 米国
- 第9回 海外編② 中国
- 第10回 海外編③ 韓国
- 第11回 海外編④ EU圏
- 第12回 これからどうなる「声の保護」
第2回では、「AIと声」をめぐるこの数年の動きを、日本国内と海外の双方について時系列で追ってみたいと思います。
国も法制度も異なるのに、並べてみると不思議なほど共通の流れが浮かび上がります。
- 声の持ち主や業界が自ら声を上げ、
- 民間で「守りながら使う」仕組みづくりが進み、
- 裁判所が具体的な事件について判断を示し始め、
- 各国が公的なルール形成に乗り出す
という流れです。
まずは全体像を年表でご覧ください。個々の出来事の詳しい法的な意味は次回以降の各論で扱いますが、本記事ではその前提として、それぞれの動きがどんな文脈で生まれたのかを解説していきます。
目次
1 2023年:問題の顕在化と当事者の始動
日本でAIと声をめぐる問題が広く認識されるようになったのは2023年頃からです。声優や歌手の声を学習した生成AIによる「AIカバー」(既存の楽曲を人気声優の声で歌わせる、キャラクターの有名なセリフを本人が言っていないのに言わせる、といったコンテンツ)がSNSに大量に出回り、数十万回単位の再生を集めることも珍しくなくなりました。本人の営業と競合するだけでなく、「本人が言っていないことを言わされる」という人格的な問題を含む点が、この問題の根の深いところです(詳細は第1回をご参照ください。)。
他方、海外に目を向けると、この年、最初に大きく動いたのは、国・行政ではなく当事者でした。
米国では2023年、SAG-AFTRA(映画俳優組合)が約4か月に及ぶストライキを実施し、俳優のデジタルレプリカを作る際には本人との明確な合意と対価を要するというルールを労働協約として勝ち取ります。
2 2024年:民間の対抗と共存、各国の司法・立法の始動
日本では2024年に、「共存」と「啓発」の両方の動きが一気に立ち上がります。
「共存」の代表的な例としては、声優の梶裕貴さんが自らの声を学習させた音声合成ソフトを製品化し、クラウドファンディングで3,400万円超の支援を集めたという動きがありました。ご本人が主体となって自分の声のAI化をコントロールする「正規版」の先駆けとなりました。6月には、適正な手続で学習データを取得した事業を認証する一般社団法人日本音声AI学習データ認証サービス機構(AILAS)が設立されたり、10月には声優事務所の青二プロダクションとAI音声プラットフォームのCoeFontが、「アニメの吹替など演技の領域には提供しない」という線引きを示した上で提携したりといったことが起こりました。
他方で、「啓発」の動きとしては、2024年10月に著名声優たちによる『NOMORE無断生成AI』声優有志の会が発足し、無断生成への思いを語る動画を順次公開して、この問題を広く社会に訴えるということがありました。11月13日には、日本俳優連合・日本芸能マネージメント事業者協会・日本声優事業社協議会の3団体が共同記者会見を開き、①アニメや外国映画の吹替では生成AI音声を使用しない、②生成AI音声を学習・利用する際は本人の許諾を得る、③生成AI音声にはAI生成物であることを明記するという3点の声明を公表します。
また、実はこの年には、国も既に動き始めていました。5月、内閣府知的財産戦略推進事務局が事務局を務める「AI時代の知的財産権検討会」が中間とりまとめを公表し、意見募集で寄せられた「声の保護」を独立の項目として明記した上で、パブリシティ権・人格権・不正競争防止法・著作隣接権・商標法などによる保護の可能性を整理しました。これを受けて6月決定の「知的財産推進計画2024」にも声の保護に関する記載が盛り込まれ、翌年以降の各省庁の検討の土台となっていきます。
海外では、前年のストライキに続く動きがありました。
米国では2024年からビデオゲーム分野でも、AI音声が俳優の仕事を奪いかねないとして再びストライキが行われ、一定の合意に至っています。
また、諸外国では司法と立法も先行して動き始めます。
米テネシー州は2024年3月、パブリシティ権の保護対象に「声」を明示的に加えるELVIS法を制定しました。本人の実際の声か、AIによるシミュレーションかを問わず保護すると定義した点が特徴です。
翌4月には、中国の北京インターネット法院が、声優のナレーション録音を無断でAI音声化し、テキスト読み上げ製品として販売した行為が「声の権益」を侵害すると初めて認定しました。録音の利用許諾があっても、AI化までは当然にカバーされないという判断を含む諸外国に先駆けた重要な判決です。2024年4月の時点で既にAIと声をめぐる訴訟が起こっており、判決まで出るという諸外国のスピード感には驚かされます。
インドでも同年7月、ボンベイ高裁が、人気歌手アリジット・シンの声をAIクローン化していたサイトに対して差止めを命じています。
また、2024年12月、再び中国で判決が出ることになります。今度は成都の裁判所が「孟帥」事件で、アプリ内キャラクターのAI音声と声優である原告の声との類似性について、一般大衆が原告の声と結びつけられるほどの識別可能性はないとして請求を棄却しました(双方が声紋一致率の鑑定レポートを提出して争いました)。先の北京の判決と合わせると、中国では「声は保護されるが、保護されるのは本人と識別できる声に限る」という枠組みが、この年のうちに早くも形になりつつあったといえます。
このように、2023年から2024年頃までは、当事者が声を上げ、海外では司法・立法が動き始めた時期と言えそうです。
3 2025年:行政の法的整理、「守りながら使う」仕組み、そして各国の判決
2025年に入ると、日本では2024年中に行われた行政での検討成果が相次いで公表されます。
2月に文化庁が著作権法制に関するワーキングチームの検討経過を公表して、声優を模した声の生成・利用と著作権との関係を整理しました(結論としては、声そのものを著作権で保護することはできないというものです。)。また、5月には経済産業省が、肖像と声のパブリシティ価値を現行の不正競争防止法でどこまで保護できるかに関する考え方を示しました(それぞれの中身は別の回で詳しく扱います)。6月策定の「知的財産推進計画2025」にも検討の方向性が盛り込まれ、声の保護は業界の課題から国の政策課題へと格上げされていきました。
民間では「守りながら使う」エコシステムづくりが加速します。10月にはNTT西日本がAI音声事業「VOICENCE」を開始、ブロックチェーンへの記録などにより、元の声・AIモデル・生成物の関係を追跡できる仕組みを打ち出しました。世界的な音声AI企業ElevenLabsも、生成コンテンツの来歴を検証する国際標準C2PAへの準拠を発表します。11月には、日本俳優連合と伊藤忠グループが、電子透かしや声紋技術で不正利用を抑止しつつ許諾済みの音声を企業に有償提供する公式音声データベース「J-VOX-PRO(仮称)」構想を公表し、大手声優事務所である81プロデュースらは、本人の声質のまま30以上の言語へ吹き替えて海外展開と声優への利益還元を目指す「声の保護と多言語化協会」(VIDA)を設立しました。
他方で、この頃から摩擦も表面化してきます。日本俳優連合は7月に海外のAI音声生成サイトへ削除依頼を行って128件の取り下げを実現し、9月にはAIキャラクター音声サービス「にじボイス」に対し、33体のボイスが所属実演家の声に似ているとして削除を要請しました。運営会社は「法的な権利侵害は確認されなかった」としつつ該当ボイスの提供を終え、11月の追加申入れを経て、最終的にサービス全体を2026年2月4日で終了すると公表します。法的に侵害が認められなくても、社会的な受け止めや倫理観がサービスの存続を左右し得ることを示した事例として、賛否両面から大きな議論を呼びました。
2025年頃は、海外で「声」に関する司法判断が相次いだ年でもありました。
米国では2025年7月、声優2名がAI音声企業Lovoを訴えた事件で、ニューヨーク連邦地裁が、声そのものは著作権や商標では保護されないとしてこれらの主張を退けつつ、州法上のパブリシティ権や契約違反等の主張については審理を続けると判断しました。「研究目的」と説明して収録した声を無断でAI化・販売したとされる事案で、契約の重要性を示した点でも注目されています。
ドイツでは8月、吹替声優であるマンフレート・レーマンさんの声をAIで模倣した動画を公開したYoutuberに対し、ベルリン第二地方裁判所が、声は一般的人格権により保護され、AIによる模倣であっても本人の声と認識できる以上は侵害にあたるとして、ライセンス料相当額の支払いを命じました。
立法面でも諸外国では動きが続きます。
中国では9月に「AI生成合成コンテンツ標識弁法」を施行し、AI生成音声について、一定の要件の下、利用者に見える表示と、データに埋め込む電子透かし等の両方を義務付けました。
デンマークは6月、自分の顔や声に著作権に類似した権利を認め、削除請求やプラットフォームの責任につなげる著作権法改正案を打ち出して、世界的な注目を集めました。
韓国でも11月、氏名・肖像・音声などの人格標識を営利的に利用する権利(人格標識営利権)を民法に明文化する改正法律案が国会に提出されました。
4 2026年:日本でもルールが形になる年
そして2026年、日本でも公的なルール形成が本格化します。
まず4月、自民党のAI・web3小委員会にAILAS・日本芸能マネージメント事業者協会・日本声優事業社協議会・日本俳優連合の4団体が出席し、無断学習されたAI音声が拡散している現状と現行法による保護の限界を指摘して、政府による周知や法整備を要望しました。出席議員からは、パブリシティ権による「声」の保護を明確化すべきといった意見が出ることとなりました。
同じく4月には、法務省が「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会」を設置し、24日に初会合を開きます。新しい法律を作るのではなく、現行法と判例を前提に、どのような場合に損害賠償や差止めを請求できるのかを解釈として整理する取組みです。5月28日の第2回会合では、緒方恵美さん・梶裕貴さんをはじめとする著名声優や81プロデュース社、日本俳優連合からのヒアリングが行われ、AIによる無断の歌唱・朗読の被害経験や、個別の削除要求・訴訟には限界があるという実情が訴えられました。声優有志一同からは被害状況をまとめた資料も提出されています。その後、検討会は計5回の会合を経て、8月7日には取りまとめ報告書が正式に公表されました。「声」も肖像と同様にパブリシティ権や「みだりに利用されない権利」の保護対象になると明記され、キャラクターとしての声であっても保護されることなどが具体例に基づき整理された点が大きなポイントです(内容は別の回で詳しく扱います)。
司法の場でも動きがありました。声優の津田健次郎さんが、自身の声を模倣したナレーション付き動画の削除を求めてTikTok運営会社を提訴していたことが5月に明らかになります(提訴自体は2025年11月)。生成AIによる声の無断利用をめぐる国内初の訴訟とみられ、報道によれば近く判決が言い渡されるとのことです。検討会の解釈整理とこれに基づく訴訟という手段は、いわば車の両輪として、日本の「声の保護」の具体的な姿を今後形作っていくことになるはずです。
実際に訴訟提起をしたということで、「この声優はきちんと訴えてくるのだな」ということを知らしめて、無断利用を萎縮させる効果も狙えます。
海外でも節目が続きます。
米国では6月、声と肖像の「デジタルレプリカ」を本人の許諾なく作成・流通させる行為に民事責任を課す連邦法案・NO FAKES Actが、上院司法委員会を全会一致で通過しました。
EUでは8月2日から、AI法第50条に基づき、AI生成音声を含むディープフェイクへの表示義務が適用開始となっています。韓国でも1月にAI基本法が施行され、AI生成物の表示義務などが導入されました。
5 年表から見えてくること――「解釈の日本」と「立法の各国」
こうして3年余りを並べると、二つのことが見えてくるように思います。
一つは、どの国でも当事者の声が最初にあり、それが業界ルール、民間の仕組み、そして公的なルールへと押し上げられてきたこと。もう一つは、対応のアプローチの違いです。
米国・韓国・デンマークなどが「声の権利」を新しく法律で創設しようとしているのに対し、日本は現行法と判例の解釈を明確化する道を現状では選択し、中国やドイツの裁判所は既存の人格権の枠組みで結論を出しました。どちらが優れているという話ではありませんが、新しい権利を作るのか、今ある法律をどう読むかを詰めるのかという選択の違いは、保護の範囲や救済のスピードに影響しますし、国境を越えて事業を行う企業にとっては、どの国のルールに合わせて実務を設計するかという問題に直結します。
既存の枠組みの解釈論で保護することももちろん有用ですが、それをどのように社会に根付かせていくかは次のステップとして重要になります。具体的には、声がパブリシティ権等で保護されるということを前提に、声の持ち主が侵害を主張した際、プラットフォーマーがこれに正しく応じるような仕組みを社会実装していかなければ、結局のところ全て訴訟をしなければならないこととなり、迅速な解決は図れません。また、諸外国のプラットフォーマーに対して行政の解釈を元にどこまで主張できるのかという実効性も課題です。さらに、既存の枠組みの解釈論で保護することも重要ですが、例えば米国のようにデジタルレプリカという切り口でどのようにAI時代を規律していくかという観点で考えることも必要になってくるのではないでしょうか。
今後も様々な動きがあると思われ、目が離せません。 次回は、そもそも「声」とは法的に何なのかということを扱ってみようと思います。少しずつ声の保護の全体地図を描く各論に入っていきます。
プロフィール
田邉幸太郎(三村小松法律事務所 弁護士)
訴訟・交渉、企業法務・知的財産関連法務を広く取り扱う事務所を経て、現在は著作権・特許・商標などの知的財産関連法務を中心に国内外の契約・体制整備・係争まで横断支援。
特にアニメ・漫画・ゲーム・AIなど、キャラクターが関係するビジネスに強みを持ち、キャラクタービジネスを行う法人・個人をワンストップでサポートすることに力を入れている。とりわけ音声生成AIと声の問題については、声優、声優事務所、音声AI事業者、業界団体などと対話を続けながら、声の保護確立に向け奔走している。
“声の保護”を独立のトピックとして扱った「AI時代の知的財産権検討会 中間とりまとめ」の作成に内閣府知財戦略推進事務局参事官補佐(非常勤)として関与。(一社)日本音声AI学習データ認証サービス機構監事も務める。
当事務所では、生成AIと「声の保護」をめぐる様々な問題について、権利関係の整理から具体的な対応方針の検討まで、幅広くご相談を承っています。
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