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  • 【連載 生成AIと声の保護】第1回 
     「声」が一人歩きする時代 -なぜいま「声の保護」なのか


    「推しの声優が、歌ったことのない曲を歌っている」「あの人の声で、本人が絶対に言わないようなことを言わせている動画がある」―ここ数年、SNSでこうしたコンテンツを見かけたことがある方は多いのではないでしょうか。音声生成AIの進化により、特定の人の声にそっくりな音声を、誰でも手軽に作れる時代が到来しました。
    そして2026年、この問題は大きな節目を迎えています。人気声優がプラットフォーム運営会社を提訴した訴訟の存在が明らかになり、法務省は「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会」を立ち上げて議論を開始し、7月28日には「取りまとめ報告書(案)」を公表しました。まさに「声の保護」のルールが形づくられつつある、その現在進行形の局面にあります。

    この連載では、音声生成AIと「声の保護」をめぐる国内外の法律・ビジネス・技術の動きを、法律の予備知識がない方にも分かるように、順を追ってできるだけ噛み砕いて解説していきます。それなりに回数を重ねることになりますが、読み終えるころには、音声生成AIと「声の保護」をめぐる議論の見取り図が頭の中に描け、今後のニュースや議論にもすっと入っていける—そんな連載にしたいと考えています。

    連載の内容については、今後変更する可能性もありますが、おおむね次のような順番で連載をしていく予定です。

    • 第1回 「声」が一人歩きする時代 ―なぜいま「声の保護」なのか
    • 第2回 国内外の動きを時系列で追う ―民間の自衛からルール形成へ
    • 第3回 そもそも「声」とは何か ―法的保護の全体地図を描く
    • 第4回 国内編① 不正競争防止法で声は守れるか
    • 第5回 国内編② パブリシティ権で声は守れるか
    • 第6回 国内編③ 「声をみだりに利用されない権利」は存在するか
    • 第7回 国内編④ 著作権法・商標法・その他の法律
    • 第8回 海外編① 米国
    • 第9回 海外編② 中国
    • 第10回 海外編③ 韓国
    • 第11回 海外編④ EU圏
    • 第12回 これからどうなる「声の保護」

    第1回ではイントロダクションとして、いま何が起きているのかを概観します。


    きっかけは「AIカバー」

    議論の発端としてよく挙げられるのが、いわゆる「AIカバー」の横行です。AIカバーとは、AI技術(音声合成やディープラーニングなど)を用いて、実際に存在する歌手や声優などの声を再現して、別の人物の楽曲を歌わせたり、有名なセリフを言わせたりするコンテンツをいいます。2023年頃から本人をはじめとする権利者の許諾を得ないで作成されたAIカバーが動画サイトやSNSに数多く出回るようになりました。今では、著名な声優の声に酷似したナレーション音声を使ったショート動画や、特定のキャラクターの声で音声を出力できるサービスなどが多数存在しています。

    このような状況が生まれた背景には、大きく分けて、①素材、②技術、③二次創作・UGCの下地があったことという3つの事情があるように思います。

    1つ目は、素材の豊富さです。そもそも、音声生成AIを作るためには音声の元になるデータが必要になるのが通常ですが、日本には素晴らしい作品が大量に存在しています。しかも、ゲーム、ラジオ、配信、SNSなどを通じて元々デジタルデータとして存在している音声もあります。音声生成AIを作ってみようと思う方から見れば、(法的にどうかという議論は別途あるとして)これらは極めて良質なデータであることは間違いありません。

    2つ目は、技術のハードルの低下です。今では、数千〜数万ワードを新たに収録する必要もなく、3秒から10秒程度の既存音声があれば簡易的なボイスチェンジャーや音声クローンを作ることができるとされています。しかも、さまざまなモデルやツールが世界中で公開され、サービスとして一般に提供されているものもあります。ある程度の知識があればこれらを使えてしまいますし、その使い方や作り方すら“AIに聞く”こともできる時代です。

    3つ目は、二次創作の下地があったことです。「自分の推しが自分の好きな曲をカバーしたらどうなるんだろう」という気持ちそれ自体は、ファンならば誰しも一度は抱いたことのある感情だと思います。それが技術的に実現できるようになってしまったこと、そして日本には二次創作の文化が根付いており、当初は二次創作的な文脈で受け止める向きもあったことなども、AIカバーが広がった大きな要因の1つではないかと思われます。

    このように、様々な要因が相互に関連することで、ここ数年で「声」そのものを利活用することに対するハードルはぐっと下がっています。

    MAD動画と何が違うのか?

    声の利活用と聞くと、MAD動画が頭をよぎる方もいるかもしれません。MAD動画とは、既存のアニメ、ゲーム、映画などの映像や音声を切り貼りし、音楽に合わせて再編集した二次創作の映像作品の総称です。例えば、キャラクターのセリフを面白おかしく切り貼りするものや、アニメのシーンを切り貼りすることで、元々あった文脈とは異なる文脈を生み出すものなど様々なものがあります。

    しかし、MAD動画とAI生成音声には、決定的な違いがあります。MAD動画で切り貼りされる音声は、通常、実演家本人が実際に発した声・演技です。これに対して、生成AIで作られた音声は、新たに生み出された音源であり、本人が一度も発したことのない声・演技なのです。

    しかも、生成AIで作られた音声の中には、視聴者が本人の実演や発言だと誤解してしまうようなものも少なくありません。つまり、生成AIで作られた音声は、本人の与り知らないところで本人の実演や発言だと受け止められてしまう可能性があるということです。 このように、音声生成AIが本人に無断で作られ、利用されてしまうと、本人のアイデンティティなどにも大きな影響を及ぼしかねません。そうした事態への危機感が、声優をはじめとする声の持ち主たちの間で2023年頃からどんどん高まってきたのです。

    何をされてしまっているのか ―被害の類型と構造

    私自身も作成のサポートをさせていただきましたが、声優有志が2026年5月に法務省の検討会に提出した資料では、目に見える被害として、おおまかに次のような5つの被害類型が挙げられています。

    1. 特定の声優の声で別のアーティストの曲を歌わせる「AIカバー」
    2. 文章や物語を朗読させるもの
    3. 本人が述べたことのないセリフや会話を喋らせるもの
    4. 動画生成AIでキャラクターの映像ごと声を再現するもの
    5. 特定の声優の声を再現するAIモデルそのものを販売・公開するもの

    これをプロセスに沿って並べ直すと、被害は次の3段階で起こっていることが分かります。

    ㋐ アニメやゲーム作品から声優の音声が抽出されて、AIの学習素材にされるという「学習素材利用」段階

    ㋑ 特定の声に特化したモデルやサービスが有償・無償で販売・公開される「学習済みモデル等の配布・販売」段階

    ㋒ モデルを使った生成音声が、TikTokやYouTubeなどの各種プラットフォーム上で大量に投稿されてしまう「生成音声の拡散・投稿」段階

    この各段階において、声の持ち主はどのようなことを主張することができるのかということが、音声AIと声の保護をめぐる議論の中心的課題の1つと言えます。

    音声AIは「悪者」なのか――メリット・デメリットを知る

    このように述べてくると、音声生成AIが「悪者」であるかのように感じる方もいるかもしれません。しかし、誤解のないように強調しておきたいのは、音声生成AIという技術そのものが否定されているわけではないということです。上述した声優有志の資料でも「生成AI自体を否定したいのではない」と明言されていますし、声優が正規版のサービスとして音声生成AIサービスを展開しているケースもあります。

    例えば、音声AIのメリットとしては、次表のとおり、

    ① 演技領域外での作業量の減少
    ② 本来できないことへの拡張
    ③ 声の保存・承継
    ④ 新規収入源の開拓

    などが指摘されます。
    単調な読み上げ作業を減らす、有事の際に代役を立てなくて済むというのは、いわば効率化の観点でのメリットです。また、日本発のキャラクターの声のイメージを損なうことなく、現地の言語で世界各国に届けることができる、声に仕事をさせて新たな収益を生み出すといった観点は、自分を拡張するという観点でのメリットと言えそうです。

    ただし、これらも人によっては全くメリットと感じないこともあるということには注意する必要があります。
    例えば、自分に万一のことがあってキャラクターを演じることができなくなった場合には、AI生成音声を使ってそのキャラクターの声を維持するのではなく、後進に譲ることで、新たな声優の成長に繋げてほしいと考えている声優もいます。また、自分の声のAI生成音声で現地語版を作ることは、裏を返せば、現地の声優から吹替の機会を奪うことにもなりかねないということを懸念する声優もいます。このように、メリットといっても普遍的なものではなく、一般化することは難しいのです。

    一般化することが難しいというのは、デメリットにも共通します。音声生成AIがもたらすデメリットとしてよく語られるものを整理してみると、次の表のとおり、

    ①自分ではないものが“自分”と誤解される危険
    ②新人等の成長機会の減少
    ③仕事の機会減少
    ④AI代替の定着による影響
    ⑤犯罪利用リスク

    などが指摘されています。

    自分ではないものが“自分”と誤解される危険という点は、自らのアイデンティティや仕事上の信条にも通じる大きなデメリットです。とりわけこのデメリットは、声の持ち主に無断で作られた音声が、生成AIで作った音声と知らされずに流布されてしまったような場合に顕著に現れます。演技のプロとして磨き上げてきた自らの表現ではない“別のなにか”が自分の演技として受け止められてしまうことは大変な苦痛でしょうし、自分が思ってもいないことを自分が言ったものとして誤解されるというのもなかなかに耐え難いものがあります。

    その他、新人等の成長機会の減少、仕事の機会の減少、AI代替の定着による影響は比較的イメージしやすいデメリットで、声優という仕事の持続可能性に関するものです。これまで小規模な案件やモブキャラ、いわゆる“ガヤ”などは若手が現場を知り、先輩との接点にもなる重要な意味がありました。仮にこれらが今後どんどんAI生成音声に代替されることとなれば、成長の機会が減り、声優業界が縮小していってしまうのではないかということを危惧している声優もいます。実際に、小規模なナレーション案件などではAI音声が用いられることも起こっています。

    2026年、「裁判」と「国の検討」が動き出した

    こういった様々なメリット・デメリットを認識した上で、声優は「NOMORE 無断生成AI」などを掲げて、声の持ち主に“無断”で作られたAIモデル・サービスやAI生成音声に対して、これまで懸念を表明し続けてきました。

    国内のこれまでの動きは次回(第2回)で扱おうと思いますが、2026年に入り、声の保護に関する状況は新たな段階に進みました。
    まず、声優の津田健次郎さんが、生成AIで自身の声を模倣したナレーション付き動画が無断で投稿されているとして、TikTokの運営会社に動画削除を求める訴訟を東京地裁に提起していたことが、2026年5月に明らかになりました。訴状によれば、問題のアカウントは2024年7月以降、津田さんの声質を模したナレーションで都市伝説や雑学を語る動画を少なくとも188本投稿し、再生数に応じて月50万〜75万円の収益を上げていたとされています。2025年8月に裁判所が投稿者の発信者情報の開示を命じたものの、投稿者を特定できなかったため、同年11月、プラットフォーム運営会社を相手に提訴に踏み切ったという経緯のようです。

    生成AIによる声の無断利用をめぐる訴訟は国内初とみられ、不正競争防止法違反とパブリシティ権侵害が主張されています。運営会社側は「普遍的な男性の声」であるなどと反論しているようですが、声がAI生成音声と「似ている」かどうかを含めて様々な点が争点となる極めて注目度の高い裁判です(もっとも、問題の動画は既に削除されているとのことであり、判決がどこまで踏み込むかは未知数です。)。

    また、法務省は2026年4月、有識者による「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会」を設置し、4月24日に初会合を開きました。生成AIによる肖像や声の無断利用について、現行法と判例を前提に、どのような場合に民事責任(損害賠償や差止め)を問えるのかを整理するため、これまで5回にわたり議論を重ねてきました。そして7月28日には、冒頭でも触れた「取りまとめ報告書(案)」が公表されており、近く最終版が取りまとめられる見通しです。この報告書の概要については、「国内編② パブリシティ権で声は守れるか」で詳しく取り上げたいと思っています。

    おわりに

    声の保護の問題はとりわけ生成AIの文脈で語られることが多いのですが、音声AI技術それ自体は「悪」ではありません。問題は、声の持ち主に無断で、その人の声に特化した音声AIモデルやサービスが作られたり、酷似した音声が流布されてしまうこと。そうした事態に対して、法的にどのような主張ができるのか―それこそが「声の保護」の問題なのです。

    声の保護の話は最近どんどん注目を浴びるようになってきており、ニュースなどでも多く取り扱われるようになりました。しかし、この問題がここまで取り上げられるようになるまでには、様々な団体や声優有志らの動きがありました。
    次回は日本国内外の動きを時系列で追ってみたいと思います。


    プロフィール
    田邉幸太郎(三村小松法律事務所 弁護士)
    訴訟・交渉、企業法務・知的財産関連法務を広く取り扱う事務所を経て、現在は著作権・特許・商標などの知的財産関連法務を中心に国内外の契約・体制整備・係争まで横断支援。
    特にアニメ・漫画・ゲーム・AIなど、キャラクターが関係するビジネスに強みを持ち、キャラクタービジネスを行う法人・個人をワンストップでサポートすることに力を入れている。とりわけ音声生成AIと声の問題については、声優、声優事務所、音声AI事業者、業界団体などと対話を続けながら、声の保護確立に向け奔走している。
    “声の保護”を独立のトピックとして扱った「AI時代の知的財産権検討会 中間とりまとめ」の作成に内閣府知財戦略推進事務局参事官補佐(非常勤)として関与。(一社)日本音声AI学習データ認証サービス機構監事も務める。


    当事務所では、生成AIと「声の保護」をめぐる様々な問題について、権利関係の整理から具体的な対応方針の検討まで、幅広くご相談を承っています。
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    【2026.7.31】


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