【実務家のための営業秘密入門 第2回】
そもそも「営業秘密」とは何か
-3つの条件と、それ以外の守り方
営業秘密とは、不正競争防止法上、秘密管理性・有用性・非公知性の3要件を満たす情報をいいます。
近年、その漏えいは刑事・民事ともに増加しており、警察の検挙件数は約8倍に、相談受理件数は約6倍に増えています。漏えいの8割超は従業員・退職者など内部を通じて起こり、情報を持ち出した側だけでなく、転職者から受け入れた企業や従業員までが処罰された事例もあります。
本連載「実務家のための営業秘密入門」は、令和5年不正競争防止法改正・令和7年3月改訂の経済産業省「営業秘密管理指針」を担当した黒川直毅弁護士が、基礎からわかりやすく解説する連載の基礎編(全4回)です。
第2回では、営業秘密に該当するための要件を整理するとともに、営業秘密に該当しない情報について、どのような方法で保護すべきかを解説します。
第1回はこちら
「営業秘密」になりうる情報とは
営業秘密は、大きく営業情報と技術情報に分けられます。
営業情報の代表例が、顧客名簿・接客マニュアル・商品の原価情報、技術情報の代表例が、製造方法・設計図面・金型です。
前回取り上げた、はま寿司事件で問題になった「商品の原価等に関するデータ」も、まさに営業情報にあたります。企業や研究機関が事業活動の中で生み出し、秘密にしておきたい情報は、このように幅広く「営業秘密」になりえます。意外に思われるかもしれませんが、「失敗した実験データ」のような一見ネガティブな情報も、競合に知られたくない価値ある情報として、保護の対象になりえます。
ポイントは「なりうる」という点です。これらが当然に保護されるわけではなく、次の3要件を満たして初めて、法律上の「営業秘密」として扱われます。
3つの条件―秘密管理性・有用性・非公知性
※条文上は秘密管理性・有用性・非公知性の順に記載されていますが、ここでは説明の便宜上、非公知性・有用性・秘密管理性の順に説明します。
非公知性は、一般に知られておらず、又は容易に知ることができない情報をいいます。特許の新規性と言葉は似ていますが、特許の新規性とは別物です。
例えば、特許の場合は、アマゾンの奥地にある文献に記載があるだけで新規性を喪失し、権利は認められません。しかし、営業秘密の場合は、アマゾンの奥地に文献があっても、なお「非公知」として認められます。
この違いは何か。それは、それぞれの制度の趣旨が異なるからです。
特許は、新しい発明を生み出すことへのインセンティブ(対価)の付与を目的としています。そのため、客観的に世の中に存在している情報であれば、実質的に誰も知らなくても新規性は認められません。
他方で、営業秘密における非公知性要件の趣旨は、次の2点にあります。
- 一般に知られているか容易に知り得る情報に保護を与えると、保護対象となる情報とそれ以外の情報との区別が不明確となり、行為者の予測可能性を害すること
- 一般に知られておらず、同業者も容易に知り得ない情報には、競争上の優位性が認められ、法的保護に値すること
これをアマゾンの奥地事例に当てはめると、まず、アマゾンの奥地にあるような誰も知らない情報であれば、それを保護したとしても対象の区別が不明確になることはなく、行為者の予測可能性を害しません。また、そのような情報は同業者も容易に知り得ない情報といえるため、ビジネスにおける競争上の優位性が認められ、法的に保護する値打ちがあります。したがって、営業秘密ではなお非公知として認められるのです。
有用性は、事業にとって役立つ情報をいいます。「有用」と聞くと高い経済的価値が必要に思えますが、そうではありません。
令和7年改訂後の指針では、その情報が事業活動に使用・利用されているのであれば、有用性は満たされ、公序良俗に反するなど保護に値しない場合を除いて要件を充足する、と整理されました。脱税情報や有害物質の垂れ流しといった反社会的な情報を保護対象から外すための要件、と理解するとわかりやすいでしょう。
なお、不正に取得した者がその情報を有効に活用できるかどうかは、有用性の判断を左右しません。
なぜ価値の高さを厳格に問わないのでしょうか。背景には、不正競争防止法が特許のように「権利」を与える法律ではなく、してはいけない行為を定める法律(行為規制法)だという性格があります。情報そのものを取り出して価値を測るのではなく、「企業がコストをかけて管理していた情報を、その管理を突破してまで取得した」という事実があれば、そこに何らかの財産的価値があったと考えられます。こうした発想から、有用性のハードルは実務上それほど高く設定されていないのです。
秘密管理性は、情報に接する従業員等が「これは秘密だ」と認識できるように管理されていることをいいます。 3要件の中で裁判上もっとも争われるポイントで、次回詳しく解説します。

重要なのは、3つを「全て」満たす必要があるということです。どれか一つでも欠ければ、法律上の営業秘密としては保護されません。
日常では「これは企業秘密だから」と気軽に言いますが、法律上の営業秘密は上記のとおり厳格に考えられています。社内で重要視している情報でも、管理の仕方によっては秘密管理性を満たさず、いざ流出したときに保護を受けられない、という事態は珍しくありません。「自社では何を、どう守っているか」を、平時に棚卸ししておくことが大切です。
営業秘密に当たらなくても、守る道はある
では、3要件を満たさず「営業秘密」に当たらない情報は、まったく無防備かというと、そうとは限りません。令和7年改訂後の指針では、この点が整理されました。
たとえば、一定の要件を満たすデータは、同じ不正競争防止法の「限定提供データ」(2条7項)として、差止め等の対象になりうる場合があります。 ただし、限定提供データに該当するためには、次の要件を満たす必要があります。
- 業として特定の者に提供する情報であること(限定提供性)
- 電磁的方法により相当量蓄積されていること(相当蓄積性)
- 電磁的方法により管理されていること(電磁的管理性)、
- 技術上又は営業上の情報であること
- 営業秘密ではないこと
営業秘密と同様に、限定提供データに該当したとしても、差止め等の民事上の措置の対象となるためには、不競法に定められている「不正競争」の要件(不競法2条1項11号~16号)をすべて充足しなければならない点にも留意が必要です。
また、契約で取扱いのルールを定めておけば、その契約に基づいて差止め等を求められる場合もあります。
つまり、「営業秘密」だけが情報を守る手段ではありません。情報の性質に応じて、営業秘密・限定提供データ・契約を使い分ける視点が重要です。
次回(第3回)は、3要件の中で最大の争点となる「秘密管理性」を取り上げます。
プロフィール
黒川直毅(三村小松法律事務所 弁護士・弁理士)
知的財産、営業秘密保護、不正競争防止法、経済安全保障分野を中心に幅広い企業法務を手掛ける。経済産業省経済産業政策局知的財産政策室室長補佐として4年間勤務し、不正競争防止法の改正や営業秘密管理指針の改訂に携わるなど、立法実務の最前線を経験。法制度の背景や政策目的にまで踏み込んだ高度なリーガルアドバイスを強みとしている。知財訴訟や模倣品対策、情報漏洩対応など、企業の競争力と事業価値の保護を支援する専門家として活躍。
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