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  • 【実務家のための営業秘密入門 第1回】
     漏らしてもアウト、もらってもアウト
    -いま「営業秘密」の漏えいリスクが現実になっている


     営業秘密とは、不正競争防止法上、秘密管理性・有用性・非公知性の3要件を満たす情報をいいます。
    近年、その漏えいは刑事・民事ともに増加しており、警察の検挙件数は約8倍に、相談受理件数は約6倍に増えています。漏えいの8割超は従業員・退職者など内部を通じて起こり、情報を持ち出した側だけでなく、転職者から受け入れた企業や従業員までが処罰された事例もあります。

    本連載「実務家のための営業秘密入門」は、令和5年不正競争防止法改正・令和7年3月改訂の経済産業省「営業秘密管理指針」を担当した黒川直毅弁護士が、基礎からわかりやすく解説する連載の基礎編(全4回)です。第1回では、営業秘密の漏えいリスクがいま注目される背景を、最近の事件と統計から確認します。


    相次ぐ営業秘密の流出事件

    近年、営業秘密の流出が刑事事件として報じられる機会が目立って増えています。象徴的なのが、はま寿司・かっぱ寿司をめぐる事件です。報道や判決によれば、この事件では、はま寿司の親会社である(株)ゼンショーホールディングスの元幹部が商品の原価等に関するデータ(営業秘密)を持ち出し、転職先のかっぱ寿司の運営会社であるカッパ・クリエイト(株)の中でこれを開示するとともに、カッパ社の従業員がそのデータを取得・使用したとされ、元幹部だけでなく、転職先のカッパ社の従業員、そして転職先のカッパ社まで有罪判決を受けました(元幹部:懲役3年(執行猶予4年)・罰金200万円、カッパ社の従業員:懲役2年6月(執行猶予4年)・罰金100万円、転職先のカッパ社:罰金3,000万円)。
    もう一つは、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)をめぐる事件です。判決や報道によれば、この事件は元研究員が、フッ素化合物の合成技術に関する研究データを海外企業にメールで送信したとされ、第一審で有罪判決が言い渡されました。大学・研究機関であっても、貴重な研究データが「営業秘密」として問題になりうることを示す事案です。
    また、転職の際に営業秘密が持ち出されることも多く、その一例として、富士通の子会社の富士通Japanの元従業員が社内情報(データ)を複製して持ち出したとして(持ち出したのは富士通Japan在籍時)、当該元従業員を埼玉県警が逮捕した事案が挙げられます。報道によれば、持ち出されたデータは、商談方法や物流部門のサービス紹介資料といったものであり、当該元従業員は、「転職活動に利用するため、データを盗んだ」と供述しています。

    これらの事件には、実務上きわめて重要な3つの教訓があります。

    第一に、転職の際、「転職活動に利用するため」に営業秘密が持ち出されることが多いということです。現代社会において、転職活動が活発になっているため、営業秘密が持ち出されるリスクが高まっています。

    第二に、情報を持ち出すのは現場の一般従業員だけではないということです。会社の中枢を知る幹部クラスであっても、転職を機に情報を持ち出すリスクがあります。

    第三に、「持ち出されるリスク」だけでなく「持ち込まれるリスク」もあるということです。転職者が前職の情報を持ち込んだ結果、受け入れた企業や従業員までもが刑事責任を問われてしまいます。まさに「漏らしてもアウト、もらってもアウト」ということです。中途採用が当たり前になった今、採用する側にとっても他人事ではありません。

    数字で見る「増加」

    統計を見ても、営業秘密をめぐる紛争は明確に増加傾向にあります。

    【検挙件数】
    警察庁の統計をもとにすると、営業秘密侵害事犯の検挙件数は平成25年にはわずか5件でしたが、その後増加し、令和7年は38件に達しており、約8倍になっています。

    警察庁「令和7年における生活経済事犯の検挙状況等について」に基づいて、作成

    相談受理件数
    同じく、警察への相談受理件数も平成25年は12件でしたが令和6年は79件となっており、約6倍に増えています。

    警察庁「令和7年における生活経済事犯の検挙状況等について」に基づいて、作成

    【民事訴訟】
    営業秘密に関係する民事訴訟(全国地裁第一審)の新受件数も、令和元年の33件から令和5年の48件へと増加傾向にあります(山根崇邦「不正競争防止法における営業秘密の保護要件ー趣旨および問題となる類型の検討ー」(同志社法学76巻6号2頁))。

    特許関係の訴訟が全体として減少傾向にあるとされる中で、営業秘密に関する紛争は増えています。この対比は注目に値します。
    かつて実務家の間では「営業秘密侵害は警察がなかなか動いてくれない」とよく言われていました。しかし近年、その状況は変わりつつあります。

    なぜ増えているのか―「デジタル化」が立証を変えた

    増加の背景には、情報のデジタル化があります。紙の時代であれば、例えば1万件の顧客名簿を持ち出すには、大量のコピーが必要なため、物理的にも心理的にもハードルがありました。ところが、今は、データをコピーすれば一瞬で持ち出すことができてしまいます。持ち出し自体が物理的にも心理的にも容易になったのです。
    同時に、立証のしやすさも大きく変わりました。アクセスログを取得・保管していれば、「いつ、誰が、どの情報をダウンロードしたか」を客観的な証拠として示せます。紙の時代には「怪しい」で止まっていたものが、デジタルの時代には不正取得を証明できるようになりました。その結果、警察も捜査に着手しやすくなり、これが検挙件数が増えている一因と考えられます。

    漏えいの8割超は「内部」から。

    最後に、漏えいの「ルート」を確認しておきましょう。情報処理推進機構(IPA)の「情報セキュリティ10大脅威」では、「内部不正による情報漏えい等」が長年にわたりランクインし続けています。

    順位 「組織」向け脅威 初選出年 10大脅威での取り扱い
    (2016年以降)
    1位 ランサムウェアによる被害 2016年 11年連続11回目
    2位 サプライチェーンや委託先を狙った攻撃 2019年 8年連続8回目
    3位 AIの利用をめぐるサイバーリスク 2026年 初選出
    4位 システムの脆弱性を突いた攻撃 2016年 6年連続9回目
    5位 機密情報等を狙った標的型攻撃 2016年 11年連続11回目
    6位 地政学的リスクに起因するサイバー攻撃 2025年 2年連続2回目
    7位 内部不正による情報漏えい等 2016年 11年連続11回目
    8位 リモートワーク等の環境や仕組みを狙った攻撃 2021年 6年連続6回目
    9位 分散型サービス妨害攻撃(DDoS攻撃) 2016年 2年連続7回目
    10位 ビジネスメール詐欺 2018年 9年連続9回目

    出典: 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「情報セキュリティ10大脅威 2026」 を基に作成

    そして、より実態に踏み込んだIPAの調査によれば、営業秘密の漏えいのうち8割超が、現職・退職者を含む従業員等を通じたもので、うち中途退職者によるものが約4割を占めるとされています。外部からの「産業スパイ」よりも、内部の人を通じた漏えいのほうが圧倒的に多いのです。これは、日本に限らず、海外でも共通して指摘される傾向です。
    言い方は悪いですが、「敵は身内にあり」ということです。だからこそ、平時からの備え、具体的には、どの情報を、誰が、どう扱うかのルール作りが決定的に重要になります。 そもそも法律上保護される「営業秘密」とは、どのような情報を指すのでしょうか。「企業秘密」という日常語と、不正競争防止法の「営業秘密」は、実は意味が異なります。次回(第2回)は、営業秘密として保護されるための3つの条件(秘密管理性・有用性・非公知性)を、わかりやすく整理します。


    プロフィール
    黒川直毅(三村小松法律事務所 弁護士・弁理士)
    知的財産、営業秘密保護、不正競争防止法、経済安全保障分野を中心に幅広い企業法務を手掛ける。経済産業省経済産業政策局知的財産政策室室長補佐として4年間勤務し、不正競争防止法の改正や営業秘密管理指針の改訂に携わるなど、立法実務の最前線を経験。法制度の背景や政策目的にまで踏み込んだ高度なリーガルアドバイスを強みとしている。知財訴訟や模倣品対策、情報漏洩対応など、企業の競争力と事業価値の保護を支援する専門家として活躍。


    当事務所では、退職・転職に伴う営業秘密の「持ち出し・持ち込み」リスクの管理について、平時の体制構築から有事の対応までご相談を承っています。
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