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  • 2026年 カンヌ国際映画祭レポート
    ―表現者たちの覚悟と、これからのエンターテインメント構造について


    2026年5月12日~5月23日。
    南仏・カンヌ。

    世界中の映画人、俳優、プロデューサー、製作会社、配給会社、投資家、メディア関係者が集まるこの街は、毎年2週間だけ巨大な“表現の交差点”となります。

    今回、エンターテインメント領域に携わる法律実務家として、そしてIP・映像ビジネスに関わる一人として、2026年のカンヌ国際映画祭を現地で体感する機会をいただきました。

    海岸沿いのクロワゼット大通りを歩くと、穏やかな地中海の景色とは対照的に、心なしか街全体には独特の緊張感が漂っています。

    レッドカーペットを歩くスターたちの華やかさ。
    世界各国の言語が飛び交うホテルラウンジ。
    上映後、深夜まで続くパーティー。
    次々に交わされる商談。

    しかし、現地で本当に印象的だったのは、その表面的な華やかさではありません。むしろ、その裏側に存在する表現者たちの静かな覚悟でした。

    一本の映画が世界へ届くまでには、膨大な時間と資金、交渉、葛藤、そして無数の人間の情熱が積み重なっています。カンヌという場所は、“映画の祭典”であると同時に、世界最高峰のコンテンツビジネスが交差する現場でもあるのだと改めて強く実感しました。

    カンヌ国際映画祭とは

    カンヌ国際映画祭は、1946年に創設された世界最高峰の映画祭のひとつです。
    一般的には、
    ・カンヌ国際映画祭(フランス)
    ・ヴェネチア国際映画祭(イタリア)
    ・ベルリン国際映画祭(ドイツ)
    が「世界三大映画祭」と呼ばれています。

    その中でもカンヌ国際映画祭は、芸術性と商業性の双方が極めて高い水準で求められる映画祭として知られています。アカデミー賞が“映画産業の到達点”だとすれば、カンヌは“映画表現の最前線”なのかもしれません。

    最高賞である「パルムドール」は、映画人にとって特別な意味を持つ賞です。近年では、是枝裕和監督が『万引き家族』でパルムドールを受賞し、濱口竜介監督作品が世界的評価を獲得するなど、日本映画への注目もますます高まっています。今年は、濱口竜介監督作品『急に具合が悪くなる』で岡本多緒さんが最優秀女優賞を受賞したことも、日本映画界にとって非常に象徴的な出来事でした。 カンヌという場所で、日本人俳優・クリエイターの存在感が年々強まっていることを現地でも強く感じました。
    また、日本のアニメ、漫画、ゲーム、音楽などを含めたIPコンテンツ全体への関心も、世界規模で加速度的に上昇しています。今年のカンヌでも、日本関連企画への期待値の高さを現地の空気から強く感じました。

    「巨大な国際交渉空間」としての「映画祭」

    今回、特に印象的だったのは、世界のエンターテインメント産業が急速に“国境を越える構造”へ移行していることでした。
    映画一本を作るだけでも、
    ・制作国
    ・撮影場所(国・地域)
    ・出資構造
    ・配信権
    ・音楽著作権
    ・商品化権
    ・肖像利用
    ・二次利用
    ・AI活用
    ・グローバル配信
    など、多数の権利や利害関係が複雑に絡み合います。
    だからこそ現在は「作品を制作すること」以上に、「構造をどう設計するか」が極めて重要な時代になっています。現地で海外の映画監督・プロデューサーや関係者と対話する中でも、日本市場への関心の高さを非常に強く感じました。

    一方で、多くの海外事業者が、未だに日本市場特有の複雑さに戸惑っている現実もあります。

    商習慣の違い。
    意思決定速度の違い。
    契約文化の違い。
    権利処理の特殊性。
    クリエイターとの距離感。
    そして、日本独自の“空気”。

    こうしたものを十分に理解しないままプロジェクトを進めてしまうと、後々大きな摩擦や誤解につながることも少なくありません。だからこそ今、単なる法律知識だけではなく、「異なる価値観同士をどう噛み合わせるか」が、非常に重要になっていると感じています。

    「無争の哲学」――対立を消すのではなく、価値へ変える構造設計

    私は以前から、「無争の哲学」という考え方を大切にしています。ただ、これは単純に「揉めないようにしましょう」という意味ではありません。
    もちろん、紛争予防は重要です。しかし、本質はそこだけではありません。本当に重要なのは、プロジェクトに関わるすべての立場や思惑を“対立したまま”放置しないことです。

    映画やエンターテインメントの世界では、
    ・クリエイターの表現したい想い
    ・プロデューサーの資金回収責任
    ・出資者の収益性
    ・配信プラットフォームの戦略
    ・マネジメント側のブランド保護
    ・海外企業との文化差
    ・ファンコミュニティの期待
    など、多数の価値観が同時に存在しています。そして本来、それらは簡単には噛み合いません。実際、多くのプロジェクトでは、「誰かの利益」を優先した瞬間に、別の誰かに歪みが生まれます。

    だからこそ必要なのは、どちらかを我慢させる調整ではなく、それぞれの立場や目的をより高い次元で両立できる構造を諦めずに模索し続ける姿勢を示すことです。私は、それこそが本当の意味での“無争”だと考えています。

    単に争いを抑え込むのではなく、利害関係そのものを信頼関係の醸成につなげるという新しい価値創造へ変換していく。そのためには、契約書だけでは足りません。

    現場の温度感。
    クリエイター心理。
    業界特有の商習慣。
    国際的な力学。
    将来的な二次利用。
    IP展開。
    配信戦略。

    さらには、「誰が、どの未来を本気で目指しているのか」まで含めて理解する必要があります。つまり、“法務”というより、プロジェクト全体の構造設計に近い作業です。

    私は、当事者がただ条項の巧拙を盾にして高圧的に支配する構造には、あまり未来を感じていません。むしろ、関係者全員が、
    「この座組なら、自分たちの挑戦を安心して預けられる」
    と思える実態をつくろうとすること。その積み重ねこそが、結果的に大きなトラブルを防ぎ、長く続く強いアライアンスになるのだと思います。

    カンヌで世界中の映画人や事業者と対話する中でも、信頼できそうだなという印象を受けるのは、“持論を強く押し切る人”ではありませんでした。相手の立場や文化を理解しながら、全体をより良い方向へ導ける人。 その意味で、これからのエンターテインメント法務には、従来型の「守り」だけではなく、産業全体を前に進めるための“翻訳者”や“構造設計者”としての役割が、ますます求められていくのではないかと感じています。

    華やかな場所ほど、裏方の品格が問われる

    今回、映画祭公認の社交界や舞踏会の運営にも一部関わらせていただきました。白い手袋を着用し、VIPゲストをご案内する役割です。レッドカーペットを練り歩くような目立つ仕事ではありません。しかし、こうした場所ほど、“安心感をつくる人間”の存在が重要になります。

    世界のクリエイターや俳優、投資家たちは、華やかさ以上に、「信頼できる空気」を非常に敏感に感じ取っています。

    その場の段取り。
    距離感。
    言葉選び。
    立ち居振る舞い。
    情報管理。

    細部にその組織やチームの本質が表れる。
    法律実務も実は非常によく似ています。前に出て強く主張するだけでは、長期的な信頼は生まれません。相手を必要以上に威圧せず、しかし守るべきところでは確実に守る。その絶妙なバランス感覚こそ、国際ビジネスでは極めて重要なのだと思います。

    出川哲朗さんとの偶然の出会い

    今回、現地で非常に印象深い出来事がありました。街中で、出川哲朗さんに偶然お会いしたのです。しかも2日連続。
    毎年恒例となっているテレビ企画の撮影でカンヌに来られていたようで、カメラが回っていないところでも、企画の趣旨から逸れることなく、真摯にご自身の役割と向き合っておられる姿を目の当たりにして、非常に高密度なプロフェッショナリズムを感じました。
    実は、私の父が出川さんと同じ地元の中学校出身というご縁があり、その話題をお伝えしたところ、とても気さくに応じてくださいました。異国の地で、一瞬だけ日本のローカルな空気が流れる。ああいう時間は、不思議と深く記憶に残ります。エンターテインメントの本質とは、案外そういう“人間の温度”なのかもしれません。

    「人間の揺らぎ」が、改めて世界で求められている

    今年のカンヌでは、作品の内容以上に「人間をどう描くのか」という空気感そのものが強く印象に残りました。

    日本でも『急に具合が悪くなる』のように、「生きることそのものの不安定さ」や「言葉にならない揺らぎ」を静かに見つめる作品や言葉が多くの共感を集めています。
    また、同じくコンペティション部門にノミネートされた是枝裕和監督の『箱の中の羊』。作品自体は拝見できておりませんが、夫婦役で主演されているお二人のキャラクターにもいろいろと考えさせられるものがあります。
    千鳥・大悟さんのように、どこか欠点や危うさを抱えながらも、多くの人から愛される存在感。綾瀬はるかさんに感じられるような、静かな感情や余白を丁寧にすくい上げる空気感。そうした、日本独自の“人間の描き方”に対して、海外の映画関係者が強い関心を寄せているのではないかと感じました。

    私自身、作品そのものを詳細に論じられる立場ではありませんが、ノミネート作品のラインナップをみると、「強さ」や「わかりやすさ」だけではない“人間の不完全さ”に対する世界的な関心の高まりがあるように思います。
    派手な刺激や過激さだけではなく、
    「人間をどこまで深く、繊細に描けるか」 世界の映画市場が改めてそこへ回帰し始めている。そんな流れを、現地の空気から感じました。

    日本エンターテインメントの未来へ

    いま、日本のエンターテインメントには、大きな追い風が来ています。政府もエンターテインメントビジネスを基幹産業の1つに位置づけようとしています。

    しかしその一方で、
    ・契約
    ・権利処理
    ・国際交渉
    ・AI
    ・配信構造
    ・IP保護
    ・グローバル展開
    など、極めて高度で複雑な問題も急増しています。

    だからこそ必要なのは、単なる“法律家”ではなく、
    作品構造を理解し、
    クリエイター心理を理解し、
    国際交渉を理解し、
    ビジネス構造を理解し、
    そして「争いを増幅させない構造」を設計できる伴走者なのではないかと思います。

    三村小松法律事務所でも、音楽、映画、アニメ、ゲーム、配信、MDなど、多様な領域の専門家が連携しながら、国内外のエンターテインメントプロジェクトを支援しています。
    世界が市場となることが当然の時代だからこそ、日本のクリエイティブが不当に搾取されず、正当に評価される環境をつくっていきたい。そして、できる限り“争わずに前へ進める構造”を、一つずつ丁寧に設計していきたい。

    カンヌの街で見た、世界中の表現者たちの静かなる覚悟。その熱量に触れたからこそ、改めてそう強く感じています。来年は、もう少し余裕を持って現地入りし、作品上映にも多く足を運べたらと思っています。
    もし、来年カンヌのどこかで日本の素晴らしいクリエイターやエンターテインメント事業者の皆さまと再会できたなら。それはきっと、今年よりさらに面白い未来の始まりになるはずです。

    プロフィール

    杉本直樹(すぎもと なおき)
    弁護士登録後、中小企業法務・一般民事を取り扱う法律事務所において、訴訟及び交渉業務に従事する。他方、芸能プロダクションの役員直轄部署などにおいて、実務の現場と専門家との橋渡し役を担った経験を活かし、映画製作等のエンタメ実務にも携わる。
    実務経験を通じ、エンタメビジネスをチーム体制で支える必要性を痛感し、三村小松法律事務所に参画。「無争の哲学」を志向し、現場の悩みがわかる実務家として、権利者と制作側の双方が共創できる環境づくりやシステムの設計を模索している。

    【2026.6.22】


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