不祥事対応に強い「救急医型」弁護士
訴訟・刑事・知財の交差点(前編)
目次
【インタビュー/小佐々奨弁護士】
「自社で何か問題が起きたとき、誰に相談すればいいのか分からない」。企業の経営者や法務担当者の方から、こうした声をよく耳にします。不祥事や不正は、起きてからの対応はもちろん、起きる前の予防までを見据える必要があります。
本記事では、訴訟・刑事・知財を中心に複数の領域を横断してきた小佐々奨弁護士に、不祥事対応に強い弁護士とはどのような存在なのかを、企業の危機管理や外部弁護士の効果的な活用法を交えながらご紹介します。
検察官志望から弁護士の道へ——訴訟手続きの面白さ
—まず、法曹を志したきっかけから教えてください。
「HERO」等のテレビドラマの影響もあって、検察官や弁護士といった法曹業界には昔からなんとなく興味があり、大学では法学部に進みました。その後、周囲との関わりのなかで弁護士を目指すようになり、司法試験の勉強を始めたのですが、最終的に司法試験に合格した頃には、検察官にも強く惹かれるようになっていて、司法修習の最後の最後まで進路について悩むことになったんです。
当時私は、訴訟、特に刑事訴訟において、決められたルールのなかでどの証拠をどのタイミングで出し、どういったロジックでいつ主張すれば効果的か、そんな「戦術的な要素」に興味を持っていました。法律の知識だけでなく、「人はこう動くはずだ」「証拠はここにあるはずだ」という社会常識的な勘どころがうまく噛み合うことで、はじめて納得のいく訴訟ができる。そこが面白い分野だなと感じていました。
そんな時に、ご縁あって、“無罪請負人”として知られる弘中惇一郎先生が代表を務める法律事務所ヒロナカからも内定をいただきました。ヒロナカは刑事事件の印象が強いかもしれませんが、実際には民事訴訟も非常に多く取り扱っており、私としてはまさに“戦う法律事務所”でした。所属する先生方も魅力的な方々ばかりで、徐々にこの事務所で弁護士として働きたいという気持ちが強くなっていきました。
最終的には、司法修習の教官に弘中先生の事務所に行こうと考えていることをお伝えしたところ、「自分も同じ状況だったら弘中先生の事務所に入る」と言われたことが後押しになり、弁護士の道を歩むことを選択しました。
—法律事務所ヒロナカでの印象に残っている経験を教えてください。
弘中先生のもとで弁護士としてのキャリアをスタートできたことは、私にとって本当に大きな財産です。当時のヒロナカは少数精鋭の、6人ほどの規模の事務所で、「1年目だから」「2年目だから」と仕事が制限されることはなく、一人の弁護士として意見を求められる環境でした。だからこそ、自分が対応すべき場面では自分が前に出る、というスタンスが自然と身についたのだと思います。
弁護士1年目で担当したある著名な刑事事件は、その後の不祥事対応や危機管理につながる原体験になりました。接見のために先輩弁護士交代交代で毎日のように新幹線で地方の現地へ通いました。報道も過熱するなかでの対応でした。
そのとき強く感じたのは、刑事事件の弁護人としてやるべきことに加えて、「依頼者が社会からどう見られるか?」という観点への対応の重要性でした。憶測に基づく記事や書き込みが日々増える状況を間近で見ながら、刑事弁護という法的な観点とは別の次元で、弁護士としてできること、やるべきことが相当あるのではないかと気づかされました。
その他にも、企業や個人におけるトラブル等の一般民事事件や商事事件、企業内の労働事件、離婚や相続などの家事事件等、本当に幅広い分野の事件処理を経験しました。また、このような典型的な“マチ弁”事件だけでなく、エンタメ分野や名誉毀損事件もたくさん経験できました。その中でも印象に残っているのが、弘中先生が先頭に立って取り組まれた福島原発に関する集団訴訟や企業訴訟といった大規模な弁護団事件です。
—弁護団事件には、どのような特徴がありましたか?
弁護団事件は独特なんです。異なる立場や専門性持つ弁護士が集まり、それぞれの知識や考えを持ち寄って一つの書面を作り上げていく。たとえば原発訴訟では、ふるさとを奪われた依頼者の感情にとことん寄り添う先生もいれば、いかに高額な賠償が認められるかをロジカルに突き詰める先生もいる。お互い対立するのではなく、尊重し合い、最後は弁護士として押さえるべきところを押さえて戦っていく。
そうやって「ああでもない、こうでもない」と議論しながら書面が磨かれていく過程を経験できたのは、非常に大きな学びでした。訴訟というのは本当に奥が深い世界だと、この時期に痛感しました。
——弘中先生と言えばカルロス・ゴーン氏(元・日産自動車会長)の事件も印象的です。
ゴーン氏の事件は、もともとは別の弁護人がついていて、弘中先生は当初、受任に慎重だったんです。ただ、弘中先生の姿勢を知る事務所内では、東京拘置所へ接見に行くと決まった時点で、「これは受けるんだろうな」という空気になっていました。
受任後は事務所全体で他の案件をセーブし、体制を組む必要があるほどの大きな事件になりました。世間からの注目も非常に高く、多方面への対応が必要な事件でした。私自身も、刑事事件自体の検討はもちろん、メディア対応等については中心的に関わることになりました。事件の顛末は皆さんご存知のとおりかと思いますが、この事件は、河津博史先生や高野隆先生らのチームとも一緒に取り組むことができ、非常に学びの多い事件でした。
—「刑事弁護オアシス」のウェブサイトに、弘中先生らと当時を振り返る座談会の記事がありますね。
弁護士5年目で弘中先生の不在中、検察の事務所立ち入りに対応されたとのことですが、非常に緊張感のある場面だったのではないでしょうか。
事務所への捜索差押えについては、今振り返ると自分でもよく頑張ったなと思っています。もちろんそのような事態も想定して、弁護団で検討・議論をしていましたが、まさか自分が矢面に立って対応するとは思っていませんでした。ですが、刑事弁護や訴訟に携わる中で、弁護士が依頼者から預かる資料が営業秘密性を含めいかに重要なものであるかということは嫌と言うほど分かっていましたので、いざその場に立つと自然と当事者意識をもって対応することができました。
この事件は、どの場面を切り取っても、普通の案件と異なる、やや異常な案件だったのは間違いありません。それでも、「あれもできるんじゃないか」「この証拠が使えるんじゃないか」と可能性を広げていくという、訴訟のベースにある発想は一貫していました。訴訟に強い弁護士というのは、当たり前を疑って手札を増やすのが本当に長けているんです。この姿勢は今でも、私が不祥事対応や危機管理にあたるときの基本になっています。

三村小松法律事務所への移籍
—訴訟・知財・刑事を軸に据え、自分の強みを見出す
—法律事務所ヒロナカから三村小松法律事務所へ移られた経緯を教えてください。
前提として、法律事務所ヒロナカは出身者とも良好な関係を築く事務所なんです。私が一緒に仕事をしてきた先輩弁護士が独立した後も、折に触れて協働したり相談し合ったりする関係が続いていました。ですから、事務所を離れることになっても弘中先生やヒロナカとの縁が切れるとは、まったく考えませんでした。
そのうえで、三村弁護士は私が早稲田で知的財産を教わった恩師ですし、小松弁護士も私が学生の頃からの知り合いで、写真関連のセミナーを聴きに行ったこともありましたし、ヒロナカ時代には訴訟の相手方として書面を交わしたりと、不思議な接点が重なっていたように思います。
実は、小松弁護士からは事務所設立の時から声をかけていただいていたのですが、ちょうどゴーン氏の事件の最中で、私自身も中心的に関わっていたため、一定の目処がつくまでは、今の事務所を離れるべきではないというのが当時の率直な気持ちでした。その後、事件が思いがけない形で突然終わり、逆にこのタイミングで動くのが最も周囲に迷惑をかけないと考え、弘中先生にも相談して三村小松法律事務所への移籍を決めました。
—三村小松法律事務所のどのような点に魅力を感じたのでしょうか?
小松弁護士が訴訟を軸に据えた事務所をつくりたいと考えていた点です。私自身、訴訟を中心とした仕事をしていく中で、訴訟で培った視点を契約書作成や業務アドバイスに活かすような予防的・戦略的な対応の必要性を感じていました。また、私はもともと学生時代から知財が好きで、三村弁護士のもとで知財事件に携われることにも強く惹かれました。加えて、小松弁護士が長島・大野・常松時代から刑事事件も手掛けており、刑事事件の分野でも協働できると考えたんです。
別の機会にもお話したのですが、刑事事件は特別な人にだけ関係のあるものではなく、意外と一般の民事や企業活動のなかからも生じるものです。そこに自分なりのパフォーマンス領域があると感じました。
インハウス経験で学んだ、「企業が外部弁護士に求めるもの」
—その後、日本製鉄株式会社へ出向されますが、こちらはどのような経緯だったのですか?
事務所に話があり、私がもともと日本製鉄の皆さんと仕事をご一緒していた縁もあり、出向のお話をいただきました。
それまでは会社からオーダーを受ける外部弁護士の立場でしたが、一度会社の中にしっかり入って、社内でどのような議論がなされ、それが最終的にどのような意思決定に繋がるのかを経験することが、自分が目指している、多方面に目を向け、その時々の最適解を探していく「救急医型」の弁護士を目指すうえで必要なものだと感じ、引き受けました。
実際に、インハウスロイヤーと外部事務所の弁護士では立場や役割が大きく異なります。外部事務所は依頼を受ける立場ですが、インハウスは依頼する立場になります。会話する相手も変わります。外部弁護士として関わるときは弁護士や法務担当者の方と話す場面が多いですが、会社の一員として関わるときは事業部門や技術部門の方々と直接話さなければなりません。法務の立場から説明し、理解してもらう役割を担うんです。
—その経験から見えた、外部弁護士に求められることは何でしょうか?
企業法務の方にとっては当然のことかもしれませんが、法務部門が外部事務所を効果的に活用するには、双方が意識すべきことがあると改めて感じました。まず、インハウス側では、外部弁護士に相談する前に、前提となる事実をできる限り整理しておくことが重要です。そのうえで、「会社として何を実現したいのか」という目的を明確にしておく必要があります。
一方で、外部事務所側も、与えられた前提のなかで、会社が実現したいことに即してコメントする姿勢が求められます。仮に前提がまだ十分に固まっていない場合には、単に「このままでは難しい」と返すのではなく、「こういう前提を整えれば実現できるのではないか」と道筋を示すことが大切です。
法律判断は、事実が組み合わさった「前提」をどう評価するかの世界です。前提が曖昧なままだと、「Aの場合はこう、Bの場合はこう」と回答が定まらず、やり取りが噛み合わなくなってしまいます。
ただ、法的な判断を中心にしすぎると、会社が事業として何を実現したいのかを見失ってしまうことがあります。もちろん、事実を歪めて会社に都合よく合わせるという意味ではありません。あくまで会社の事業目的があったうえで弁護士のコメントが求められている。その目的を掴んだやりとりが大切だということです。
後編では、三村小松法律事務所での業務や不祥事対応、AI時代の弁護士像について、引き続き小佐々弁護士にお話をお伺いします。
不祥事対応・危機管理のご相談は三村小松法律事務所へ
三村小松法律事務所では、企業の不祥事対応・不正調査・危機管理に関するご相談を承っています。「相談すべきか迷う」という段階こそ、早めにご相談いただくことで取り得る選択肢が広がる場合があります。具体的な対応方針については、個別の状況によって異なりますので、専門家へのご相談をお勧めします。まずはお気軽に、無料相談のご予約からお問い合わせください。
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プロフィール
小佐々 奨(こささ しょう)
刑事事件・知的財産・企業訴訟を横断的に手がける。法律事務所ヒロナカに入所し、社会的に注目を集めた著名事件の刑事弁護や大規模な弁護団事件に携わる。その後、三村小松法律事務所へ移籍。日本製鉄株式会社への出向を経て、企業内法務(インハウス)の実務も経験。現在は、一般民事や家事事件等の様々な訴訟案件のほか、ハラスメント・不正の社内調査、第三者委員会・特別調査委員会の委員、知的財産関連の相談・訴訟などを中心に活動している。
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