【エンタメロー国内編 / セミナーレポート 前編】
掟(しきたり)を戦略に変える:エンタメ法務の再定義
2026年4月9日、三村小松法律事務所主催のMIKOTAMAセミナー#08「掟(しきたり)を戦略に変える:エンタメ法務の再定義」が開催されました。セミナーでは、日本のエンタメビジネスが抱える法務上の課題と、その解決に向けた新たな考え方についてご説明しました。
講師を務めた杉本直樹弁護士は2015年に弁護士登録後、LDHグループ(EXILE、三代目J SOUL BROTHERSなどが所属するプロダクション)の役員直轄部署に参画し、映画のクランクインからクランクアップまで監督に同行して撮影現場を見学したり、制作スタッフとともに実務を担ったりと、弁護士としては異色の、現場に密着した形でエンタメ法務のキャリアを積み上げてきました。誰かに正解を教わるのではなく、現場の肌感覚から法務の役割を再定義してきた、いわゆる「野生のエンタメ法務弁護士」です。その後テレビ局の番組制作にも携わり、2025年10月に三村小松法律事務所に入所。これまでの経験を基盤に、エンターテインメント分野における法務支援を中心に幅広い業務に取り組んでいます。
本記事では、セミナー内容をもとに、業界に根付いたルールや慣行などの既存の「しきたり」を丁寧に見直し、現代のビジネス環境に合った形に再設計していく「戦略」の重要性について、今日のエンタメ法務の観点から整理してご紹介します。
目次
「競争から共創へ」という発想転換
権利ビジネスを考えるとき、どうしても「誰がどれだけの権利を握るか」「何パーセントを取るか」という視点が前面に出がちですが、権利の囲い込みが過度に優先されると、プロジェクト全体が硬直し、前に進まない局面が生まれやすくなります。契約書に規定を設けていたとしても、当事者間の納得や感情的な受容が伴っていなければ、トラブル化するリスクが残ります。
今回のセミナーでは、この構造に対し「競争から共創へ」という発想転換が提唱されました。契約書の設計において重視すべきは、相手を縛ることではなく、相手が動きやすくなること ― 共同事業者やチームがプロジェクトのために前向きに動いてくれるための条項設計こそが本質だ、という考え方です。そのような設計に基づく関係は、権利の奪い合いではなく、信頼に基づく協働へとつながっていくものと考えられます。
セミナーで取り上げられた下記の3つの事例を順に見ていきます。
- 事例①:製作委員会におけるデッドロック対策
- 事例②:続編制作の「塩漬け」対策 — 出版社・原作者間の権利調整
- 事例③:原作者の著作者人格権への対応 — 「クリエイティブバイブル」の可能性
事例①:製作委員会におけるデッドロック対策
製作委員会方式では、重要事項について全員の書面による合意を求める規定が一般的です。複数の企業がリスクを分散し合いながら共同事業を行う仕組みとして合理的な設計です。
一方で、見落とされがちなのが、権利の存続期間との関係です。映像作品の著作権は公開後70年にわたって存続しますが、委員会の実質的な活動は制作から公開までの初期段階に集中し、主要な意思決定は概ね1〜2年程度の間に行われるのが一般的です。そのため、権利の存続期間中に担当者の交代や組織再編、場合によっては法人格の変更が生じることも少なくありません。
こうした状況のもとで、リバイバル上映や二次利用のビジネス機会が生じた場合、全員合意を要するという規定が障害となり、プロジェクトが動かせない状態が生じることがあります。このような状態は一般に「デッドロック」と呼ばれ、実務上も決裁承認に数か月を要するケースも見られます。
本事例では、「なんとなくそういうものだ」というムードで受け入れられてきた、この構造的な問題への対応策について検討していきます。
【提案1】みなし承認条項の導入
デッドロックへの対策として、まず考えられるのが「みなし承認」の仕組みです。
これは、意思確認後一定期間内に回答が示されない場合に、当該事項について承認があったものとして取り扱うルールを、あらかじめ契約で定めておくものです。こうした仕組みを設けることで、個別に同意を取り付けるプロセスの長期化を防ぎ、意思決定の停滞を避けやすくなります。
もっとも、すべての事項に一律に適用するのではなく、対象となる事項については、例えば制作予算の一定割合の範囲にとどまるものに限定し、追加出資のような予算や出資比率に影響する重要事項については適用対象から除外するなど、範囲の精査は必要です。
委員会発足時点の「円滑にプロジェクトを推進する」という当事者の共通意思を契約設計に織り込むことで、将来的な意思決定の停滞リスクに備えることができます。
【提案2】強制買取条項の設定
デッドロック対策としてもう一つ提案されたのが、「強制買取」を可能にする条項です。
これは、内容証明郵便などによって関係者に連絡を尽くしても応答が得られない場合に、一定の条件のもとで、その持分や権利を適正な価格で買い取ることを可能にしておく仕組みです。
映像作品は権利関係が長く続くため、担当者も法人もすでに変わっているというケースはよくあることです。そうした中で、適正価格による強制買取という手段を契約上確保しておけば、幹事会社が正式な手順に沿ってプロジェクトを進めることが可能になります。「ルールとして定めておく」こと自体が、プロジェクトを止まらせないための安全装置になるという発想です。
事例②:続編制作の「塩漬け」対策 — 出版社・原作者間の権利調整
原作者が自ら出版・映像化等の事業を動かすことは現実的に難しいため、出版社が権利の窓口を担うのが現状の業界慣行です。それ自体は、原作者と出版社の役割分担として合理的な側面があります。
もっとも、実際の契約書の中には、続編制作権を含む契約期間が「著作権保護期間」と記載されているものがあり、この7文字の重みを原作者が十分に理解しないまま、署名に至りかけているケースがありました。
著作権保護期間とは、作者の死後70年にわたって続く期間です。このような契約関係のもとで、仮に出版社側の製作委員会が動かない場合、原作者が続編の映像化を望んでも、契約上は進めることができません。
さらに難しいのは、こうした状況が必ずしも担当者個人の悪意によって生じているわけではないという点です。実際には、社内の他部署との温度差があったり、部署をまたいだ調整がうまくいかなかったりして、担当者自身も板挟みになっているケースもあります。
契約書の作り方そのものや、当事者間の情報や理解の差から生じやすい問題なのです。
【提案】交渉開始権限の時限付き付与
こうした状況への対応として提案されたのが、「一定期間内に制作が着手されない場合には、原作者が第三者との交渉を開始できる」とする条項です。
前提として、原則原作者は出版社以外に映像化を許諾しないものとしつつ、出版社が契約締結日から一定期間内に映像作品の制作に着手しない場合、または前作の公開・配信開始から一定期間内に続編やスピンオフの制作に着手しない場合には、原作者が第三者との制作交渉を開始できるようにするという考え方です。
この提案のポイントは、出版社の権利を直ちに否定するものではないという点にあります。出版社が引き続き作品の展開を検討・推進していくことを前提としながら、一定期間内に動きが見られない場合に、原作者にも別の可能性を探る余地を残しておくという設計です。
また、原作者のなかには、海外のコーディネーターと独自のつながりを持っていたり、横のルートで海外展開の可能性を探れる方もいます。そういった人脈やチャンスが、既存の契約条項の存在によって活かせないまま埋もれているケースも現実としてあります。出版社にとっても、原作者にとっても、作品の可能性を適切な形で進めていけることが望ましい方向性の一つです。そのための条件整備として、この提案を捉えることができます。
事例③:原作者の著作者人格権への対応 — 「クリエイティブバイブル」の可能性
セクシー田中さん事件は、原作者と映像制作者の間で生じた深刻なコミュニケーション断絶の問題として広く認識されました。ただ、このような問題は過去何十年にもわたって存在していたものであり、原作者が違和感や不満を抱えたまま映像化が進んできた案件は珍しくありません。
現在の業界慣行では、原作者が著作者人格権(同一性保持権など)を行使しない旨を契約書に明記するケースが大半ですが、著作者人格権の問題をこのような契約条項で処理しようとすることには、構造的な難しさがあります。著作者人格権は著作者の精神的利益を保護する権利であり、その性質を踏まえると、その行使をあらかじめ広い範囲で制限する条項がどこまで有効といえるのかについては、慎重に考える必要があります。
さらに実態として、法的整理だけでは収まらない問題も生じます。
著作者人格権を行使しない条項を受け入れなければ映像化の話が進まないと受け止め、十分に納得しないまま署名に至る原作者も少なくないといいます。改変の内容やその経緯に納得していない原作者がその経緯をSNSで発信すれば、炎上リスクは契約書の有無だけで抑えられるものではありません。
実際に制作の現場を見てきた立場から、こうした問題を法律の問題だけで片付けようとしすぎているという感覚があります。
【提案】「クリエイティブバイブル」導入の試み
この問題への対応として提案されたのが、「クリエイティブバイブル」の導入です。
これは、契約書の別紙やガイドブックのような形で、作品の設定やキャラクター、表現上の核心部分を言語化し、当事者間であらかじめ共有・合意しておくものです。
そのうえで、クリエイティブバイブルに沿って制作された作品については、原作者が著作者人格権を行使しないことを前提としつつ、内容を見直す必要が生じた場合には、当事者間で誠実に協議を行います。
単に「著作者人格権を行使しない」と定めるのではなく、原作者が何を大切にしたいのかをあらかじめ言語化し、それを共有したうえで制作を進めていくという発想に、この提案の特徴があります。。
このプロセスが機能すれば、制作者にとっては、作品に対して「ここまで真剣に考えている」という姿勢を原作者に示す機会にもなり、その姿勢が伝わることで、原作者との関係性も変わり得ます。
クリエイティブバイブルに盛り込む内容としては、例えば次のような事項が挙げられました。
- キャラクターの生死や結婚・離婚などの関係性変更の禁止事項
- マイノリティ描写や性的指向などセンシティブな設定への配慮
- NG表現の範囲
- キービジュアルの決定権の所在
- クレジットの表記方針
「感情を言語化する」ことの意味
もう一点、この提案で重要なのは、原作者が自分の考えを言葉にしていく過程そのものに意味があるという点です。
原作者は、自分の作品に対する思いや守りたいものを強く感じていても、通常それを具体的に言語化する機会は多くありません。クリエイティブバイブルを策定する過程では、原作者自身が「自分は何を守りたいのか」を整理することになります。感情を言葉にすることで考えが明確になり、制作者との対話も具体的になります。
もちろん、制作者側から見れば、原作者のこだわりにどこまで応えられるかが難しい場面もあります。トンマナの細部まで指定されると、映像ならではの技術的制約との関係で、対応が難しい場合には、原作者にも映像制作上の事情を理解してもらう必要があります。
ただ、そのような議論を重ねること自体が、より多くの人に届く作品を作るための準備にもなります。「面倒だから契約で著作者人格権不行使を求めておけばよい」という発想には危うさがあります。面倒であっても、議論や協議を重ねることが、結果として作品を守り、ビジネスを守ることにつながっていくのだと思います。
今回ご紹介した方策はいずれも、まだ検討の余地を残すラフな提案です。実際の現場で運用していくためには、関係者の知見を持ち寄りながら、さらに洗練させていく必要があります。だからこそ、エンタメ業界に関わる全てのプレイヤーが、それぞれの立場からこの議論に参加していくことが、次の一歩になると考えています。
次回の中編では、コンテンツIPの海外展開における新たなスキームや、マーチャンダイジングに関する事例などをご紹介します。
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