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  • 国際人道法から国際ニュースを読み解く
    イギリスで見た国際法界隈の派閥構造


    私は現在、イギリスのエセックス大学ロースクールのLLM国際人道法コースにて学んでいます。
    日弁連海外ロースクール推薦留学制度による推薦を受けた留学ですが、エセックスローの諸先輩方が「王道」の国際人権法を専攻されてきたのに対し、国際「人道」法は長らく日本ではあまり馴染みのない法分野であり続けてきました。
    しかし、近年のロシアウクライナ戦争やイランとアメリカ・イスラエルの戦争についてのニュースでよく目にする「国際法違反の疑い」というワードはむしろ、国際人道法に密接に関わるもので、人知れず脚光を浴びている法分野といえます。
    また、人権系と人道系の研究者が共に教えるエセックスローにおいて、人道法だけでなく国際公法一般や人権法も一通り学ぶ中で、国際法界隈内での関係性やキャラクターの違いについても感じるところがありました。

    そこで、この記事では国際ニュースを深掘りするのに役立つ国際人道法と、武力行使法、国際刑事法といった人道系の法分野の全体像と、人権系と人道系の研究者・実務家の関係性やミリタリーローヤーというキャリアについてご紹介します。

    有事の国際法を知る — 戦争をめぐるルールの見取り図

    1.国際人道法とは

    国際人道法(International Humanitarian Law)は、その別名、武力紛争法(Law of Armed Conflict)を知るとイメージしやすくなります。人道法は、武力紛争が発生した状況を有事として、通常とは異なるルールを適用するもので、戦場をできるだけ人道的な場にすることを目指しています。

    例えば人権法の生命、身体への危害を受けない権利(Right to Life)からすれば、必然的に死傷者が発生する戦争は絶対に禁止すべきものですが、国際法の基本原則は各国の合意であり、条約に加盟、批准しない国に対しては拘束力がありません。戦争の絶対禁止を掲げる条約があっても、主要な国が加盟しなければ絵に描いた餅であるという状況の中で、人道法は、戦争は発生するとしても、誰も望まないような悲惨な戦場が発生することは阻止したいという前提に立ち、各国の落としどころを探ってきました。

    国際人道法の中核となるのは、4本のジュネーブ条約とその追加議定書であり、例えば、戦闘員のなかで負傷した者や捕虜となった者に対する攻撃の禁止や保護の義務、また、民間人や民間の施設に対する意図的な攻撃の禁止などが定められています。悲惨な戦争を防ぐという前提に立つからこそ、ジュネーブ条約はほぼ全ての国が加盟し、それに違反すれば賠償を含む国家責任を負うという強固な条約となっています。
    同様の考え方から、悲惨な結果を招く化学兵器や地雷、核兵器といった特定の兵器の使用を禁止することや、文化財への攻撃を禁止するような、戦闘方法についての条約も存在します。

    また、国際人道法と密接に関わる法分野として、武力行使法と国際刑事法があります。
    武力行使法は、国連憲章の武力行使の禁止の規定に関するもので、そもそも他国、あるいは他国にいるテロ組織などを攻撃することが許容され得るかについてのものです。例えば、イスラエルはパレスチナへの攻撃について自衛権を主張してきていますが、それは、国連憲章が自衛権を武力行使の例外として認めているからです。仮に自衛権を行使できる場面内だとしても、その方法が適切であるかが問題となり、さらに個別の反撃方法が人道法上適法かが問題となります。そのため、合法な自衛権行使だが、国際(人道)法違反という状況も生じます。 武力紛争法や武力行使法が国家の責任を問題とするのに対し、国際刑事法は、個人の刑事責任についてのものです。これを主に担うのがICC(国際刑事裁判所)で、ジェノサイド、人道に対する罪、戦争犯罪、侵略犯罪の4種のコアクライムのみについて、国際社会が個人を処罰する仕組みです。特に戦争犯罪については、武力紛争の場面において問題となるため、例えば民間人への意図的な攻撃が行われた場合は、国家としての人道法上の責任と、それを実行した者や指示した者の個人の責任が同時に問題となります。

    2.ニュースに登場する「国際法違反」

    武力紛争法、武力行使法、国際刑事法のような、有事を前提とした人道系の法分野を知ると、国際ニュースに登場する「国際法」が立体的に理解できるようになります。
    直近では、2026年3月にイラン戦争が発生した時に、日本やEU各国がそれを国際法違反と表明するかが問題となりました。ここで問題となったのは武力行使法で、アメリカ、イスラエルによるイラン空爆について、おそらく自衛権なども及ばない中で、国連加盟国、あるいは安全保障理事会メンバーとしてどう評価するのかが問われました。

    個別の攻撃について適切であったか(武力紛争法の問題)を判断するための情報は戦闘がある程度続いてから、あるいは終結してから集まることが多いことと、民間人被害などについては、それが意図的なものか、巻き添え被害として許容される範囲のものかについての検討が必要になることから、国際ニュースに登場する国際法は、武力行使法を指している場合が多い印象です。

    他方で、軍の非道な行いが報道される場合などに、武力紛争法(人道法)違反が指摘されることもあります。直近のイラン戦争初期に、アメリカの誤爆によってイランの小学校がミサイル攻撃を受けた件について、アメリカ国内での抗議活動が盛んに報道されましたが、これは武力紛争法の、民間施設への攻撃禁止の問題です。武力紛争法では、攻撃目標が軍事目標か、軍事目的との関係で民間人・民間施設の被害について均衡性が認められるかという順番で検討がされますが、この事例は明らかに民間目標への攻撃であったため、武力紛争法の問題にしやすかったといえます。
    ウクライナ戦争については、ロシア軍によるキエフ近郊のブチャでの虐殺が注目されましたが、これも、ロシアによる違法な侵攻という武力行使法違反のうえで、軍の行動が武力紛争法との関係で問題視されたものといえます。

    国際刑事法については、プーチン大統領、ネタニヤフ首相へのICCの逮捕状発布や、フィリピンのドゥテルテ元大統領の逮捕といったニュースが関連します。イスラエルによるガザ地区攻撃など国家の行為と関連しつつも、個人を名宛人とした訴追については国際刑事法の領域です。また、上述のブチャ虐殺のような事例も、武力紛争法違反であるとともに戦争犯罪にも当たるため、今後その作戦責任者などが訴追を受ける可能性もあります。
    ICCには独自の警察組織がなく、対象国の捜査機関の協力を得る必要があるため、事件発生から逮捕状請求などのアクションを起こし、それが報道されるまでに大きなタイムラグが生じることが多いですが、近年の事例では武力紛争の継続中に逮捕状を発布するなどして存在感が増してきました。また、これまでICCはアフリカや中東の犯罪者ばかりを訴追していると言われてきたせいもあり、日本はICCへの最大の資金拠出国でありながらあまり認知されていませんでしたが、実行可能かはさておき現職の首相といったビッグネームを対象とし始めたことや、日本人の赤根智子氏がICC所長を務め、日本政府に対して精力的な働きかけを行ってこられていることもあり、国際刑事法の話題を目にすることも増えるように思います。

    3.国際法の存在意義?

    ウクライナ戦争勃発以降、主に国際政治の観点から、国際法には存在意義がない、役割を終えたという言説を目にするようになりました。
    こうした言説に対しては国際法学者も自覚的ですが、ほとんどの国際法はしっかり機能しているという説明がよくされます。国際法には例えば、二国間のビザ発給や大使館設置に関するものや、通商についての条約なども広く含まれ、そうしたルールの有用性には疑問を挟む余地がありません。国際法については日本が目立った行動をとってきていないような印象もありますが、例えば私が学んだ国際海洋法の分野では、漁業権や採掘権など島国にとって死活問題となるルールがあることから、国際司法裁判所における日本のケースも多く登場しました。

    一方で、国連は国際平和と安全保障を第一の目的としていながら未だに大きな戦争や深刻な人権侵害が発生し続けていることへの根強い批判もあります。国際平和の文脈でなされる国際法の存在意義批判については、主に武力行使法への批判と捉えるのが正確なように思われます。ただこれは、武力紛争法が自衛の場合を除いて、平和への脅威に対しての軍事行動の要請を含む強制措置を安全保障理事会に独占させるアプローチを採用したことによるものです。そのため、拒否権をもつ常任理事国による武力行使のケースや、そうでない場合であっても各国が自国の軍隊を使ってでも紛争を解決するという決断に踏み込めない場合についてはそもそも機能しない建て付けであると理解しておくのが良さそうです。

    なお、安保理が機能しない場合であっても軍事介入する必要がある場合に、武力行使法は、国連総会に新たな役割を与えることや、第三国による人道的介入の可能性についての議論を蓄積してきており、軍事介入は国連憲章上違法というほかないが、国際社会はそれに賛同ないし黙認した事例も存在します。すなわち、国際秩序の維持のためには、国連が万能の巨大組織ではなく、加盟国の総体であることを理解し、力のある国々がどれだけその価値を重視し、負担を覚悟しながら行動を起こせるかに懸かっているように思われます。

    人道系と人権系 その関係性とキャリア

    ここからは私がエセックスローで学ぶ中で、国際法と一口に言っても法分野によってかなりキャラクターの違いを感じた点をご紹介します。
    特に印象的だったのは、武力紛争法の講義で英国陸軍で勤務するミリタリーローヤーの女性をゲストに招いた回でした。ゲストは我々学生に自己紹介をさせた際、人権法専攻の者が半数近くいることを知り、講義に入る前に、あなたたち人権系の人たちは人道系のことが嫌いだと思うが、私たちは実際に起こった紛争の中でそれをいかにマシなものにするために最大限努力しているといった話をされました。その講義の主担当の教授が初回のイントロダクションの中で、実際の紛争の中で戦争反対や平和といった理想を持ち出しても仕方がないから考えを改める必要があると話していたこととも繋がります。
    なぜ人道系の研究者、実務家は人権系から嫌われていると思っているのか、あるいは人権系を嫌っているのかと考えると、戦争に対する前提の違いがありそうです。人道系は、戦争は否が応でも起きるもの、場合によってはより多くの犠牲を防ぐために必要なものと考えています。対照的に、国際人権の観点からはどのような理由があっても人命の犠牲は受け入れられないものです。人道法においては、民間人の犠牲が生じることが分かっていたとしても、紛争下で、より重要な軍事目標があり、可能な予防措置を講じていれば攻撃が肯定されます。

    また、人道法の主なキャリアの一つにミリタリーローヤーがあります。これは、軍に入隊し、または軍の外部アドバイザーとして軍事作戦の立案に関わる仕事です。あるいは、軍規違反を犯した軍人の処罰に関わります。この仕事は時には、民間人の犠牲を伴う攻撃を人道法に照らして後押しすることもあるわけで、戦争や殺人に加担していると見られることもあります。本国勤務だけでなく、時には紛争地に同行して作戦本部で軍服を着て、リアルタイムで攻撃可否について分析する大変な仕事ですが、例えば”Zero Dark Thirty”, “Eye in the Sky”といったミリタリーものの映画では、最重要テロリストへの攻撃方法について最後まで懸念を表明し、何とか戦果を上げたい現場の指揮官の障壁として描かれるなどします。ゲストのミリタリーローヤーも、作戦本部で法的リスクについて意見を述べるものの、最終的には司令官の判断で攻撃実行がされることもあると自嘲気味に話していましたが、軍内部からも、他の法律家からも敵視される損な役回りです。
    人道法違反の攻撃に対しては国家が賠償などの責任を負い、戦争犯罪として関係者が処罰されるという建前ですが、紛争の和平協定の条件次第では請求が困難になることや、ICCの管轄権や人的リソースの問題から訴追ができない場合もあります。ミリタリーローヤーは、各国が人道法を意識して悲惨な戦場の発生を未然に防ぐゲートキーパーであり、そのなり手がいなくなれば、とにかく戦果を上げることを目的とした見切り発車的な軍事行動が頻発することが予想されます。

    ミリタリーローヤーを含む人道系の方からは、人の生死を扱いながら、どこか冷めたようなリアリスト的な印象と、国に奉仕するという強い愛国心を感じることがありました。一方で、人権系の方からは、自国他国を問わず弱者の側に立って国と対峙し、人権の実現を勝ち取るパッションを感じましたが、自国の政府との距離感の違いもまた、戦争の発生を前提とするか否かと並び、両者の間の隔たりを生じさせているように思えました。


    プロフィール

    野瀬 健悟(のせ けんご)
    2019年弁護士登録。
    知的財産、海外事業・国際契約、アート・エンタテインメント、IT・テクノロジー、ロビイング、紛争解決等を取り扱う。2024年から2025年まで衆議院議員公設第一秘書・政策担当秘書を兼職。
    現在は、日弁連海外ロースクール推薦留学制度による推薦を受け、英国エセックス大学ロースクールLLM国際人道法コースに留学中。国際人道法、武力行使法、国際刑事法など、有事の国際法に関する知見を深めている。

    【2026.6.30】


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