ニューヨーク在住のエンタメロー弁護士が語るグローバル法務の最前線
エンタメ×海外展開の法律実務(後編)
【インタビュー/久勇介弁護士】
三村小松法律事務所に所属しながらニューヨークを拠点にエンタメ×海外展開案件を手がける久勇介弁護士。経済産業省模倣品対策室への出向、スポーツ動画配信大手DAZNでのインハウス経験、ニューヨーク・ロースクールへの留学、カリフォルニアのエンタメ特化ブティック事務所での実務を経て、現在は日米双方の法制度に精通したエンタメ弁護士としてクライアントの法務を支援しています。
本記事では、久弁護士にこれまでのキャリア形成や現在の実務内容に加え、日本企業が海外展開を進める際に直面しやすい法務上の課題についても話を伺いました。
後編ではインハウス経験を踏まえた法務部門との向き合い方、外部弁護士を活用する実践的なコツ、そして弁護士としての理想像と個人的なエンタメへの情熱に迫ります。
前編はこちら
クリエイターの思いと法律のルールをどう調整するか
―エンタメ弁護士ならではの仕事術と法務部門との理想的な協働
―エンタメ法ならではの面白さはどこにあると思いますか? 一般的な企業法務と何が違いますか?
一番の面白さは、クリエイターの「作りたいもの」と法的な最適解の調整が求められる場面にあると思います。一般的な企業法務だと「法的にはこうです」という回答を渡して終わることもありますが、エンタメの場合はそこで終わらないことが多いです。
具体的な例を挙げると、アプリのユーザー同意の設計において、法的に最も安全な設計を突き詰めると、利用開始時にかなりの数のステップをユーザーに踏んでもらう必要が出てきます。ところがそれをやると離脱率が上がってしまうので、クリエイターからすれば「そんなUIは絶対嫌だ」となるわけです。
そこで私がやるのは、法的にベストなA案と、リスクはあるが許容できる範囲に収まるB案を並べて提示することです。「B案はエンフォースメント(規制当局による執行)の実績がほとんどないため、現時点ではリスクは限定的です」という情報は、法律の本には書いてありません。それを踏まえた上で、どちらを選ぶかはクライアント自身に判断してもらいます。この「法的リスクの水準と事業判断を組み合わせる」プロセスが、エンタメローの仕事の醍醐味だと感じています。
もう一つ、私がクライアントとの関係で意識しているのが、担当しているゲームやアプリを実際にダウンロードして自分で使ってみることです。アドバイスした仕様が本当に実装されているか確認する意味もありますが、何より「弁護士が自分のサービスを使っている」「ゲームを遊んでいる」という事実がクライアントとの距離を一気に縮めてくれます。弁護士というと硬いイメージを持たれがちなので、それが崩れると信頼関係の深まり方が変わります。クライアントが多いと相当な量のゲームを遊ぶことになりますが、それも仕事のうちだと思っています。
―DAZNでのインハウス経験を踏まえ、法務部門が外部弁護士に本質的に期待していることは何だと考えますか?
外部弁護士として最も求められているのは、「他社はどうしているか」という相場感と業界動向の把握だと思います。
DAZNのインハウスにいた頃、社内の法務担当者同士が集まる企業内弁護士の会合がありました。そこでエンタメ企業の法務担当者たちと話すと、「うちの会社では今これが問題になっている」というリアルな情報が集まってきます。外部弁護士はそういう複数企業の案件を横断して扱っているので、理論上は同じ情報を蓄積できる立場にあります。ただ実際には、各社の内情まで含めた業界全体の動向を体系的に押さえている弁護士は多くありません。そこに価値があると感じています。
規制が複雑化している今、全ての企業がすべての規制に完璧に対応できるわけではありません。そういう状況で「理論上はこれが正しい」と言うだけでは不十分で、「他社はどこまで対応していて、自社はどこに優先度を置くべきか」という実務の羅針盤を示せる弁護士が求められています。
もう一点、インハウスを経験して得た認識として大きかったのは、事業部の人が本当に求めているのは「法律的な答え」ではなく「事業をどう進めるかの判断材料」だということです。法務部門が外部弁護士から受け取った回答を、そのまま事業部に渡すケースは少なくありません。だとすると、専門用語が並ぶ回答では事業部は動けないし、判断もできない。私は外部弁護士として回答するときも、その回答を最終的に読む事業部の人が「これで動ける」と思えるような言葉と構成を意識しています。インハウスで事業部の担当者と直接やりとりしていた経験が、今の仕事のスタイルに染み込んでいると感じます。
―法務部門が外部弁護士をうまく活用するコツがあれば教えてください。
一言で言えば、「リスクの許容度を早い段階で共有する」ということです。
外部弁護士として単発の案件を受けると、その会社がどこまでのリスクを取れる会社なのか、法務をどういう位置づけで捉えているのかが、最初はわかりません。慎重な会社なのか、ある程度のリスクを許容してスピードを優先する会社なのかによって、アドバイスの組み立て方はかなり変わります。長い付き合いになってくると、その会社の方針や文化が見えてきて、突っ込んだアドバイスをしやすくなり、相談の質もアドバイスの質も上がります。
私自身が関係構築のために意識していることが二つあります。一つは、クライアントのビジネスに関係する規制や法改正の情報をタイムリーに届けることです。案件が発生したときだけ連絡するのではなく、「これは御社に関係しそうです」という情報を日頃から届けることで、普段使いできる弁護士として存在感を保てます。
もう一つは、帰国時にクライアントのもとを訪問することです。私はニューヨーク在住なので「帰国しました」というのが定期的な接点になります。逆に言えば、それが自然な訪問の理由になるので上手く活用しています。直接お会いしてコミュニケーションを取ることで、心理的な距離を縮め、気軽に相談しやすい存在となれるよう意識していますね。
―外展開を考える経営者・法務担当者へ、法務観点から最初に伝えたいことは何ですか?
「とにかく早めに相談してください」というのが一番ですね。後からどうにかなることも多いですが、後からでは取り返しがつかないこと、対応コストが膨らんでしまうことも確実にあります。
エンタメ・ゲームの案件で特に注意してほしいものとして、最初の契約に続編・スピンオフ・映像化のような二次展開についての条項が入っているものがあります。例えば、ゲームのデベロッパーが海外パブリッシャーと契約する際に、「続編が生まれた場合も同パブリッシャーを使わなければならない」という条項がサラッと入っていることがあります。
続編が生まれなければ問題になりませんが、続編が決定したとき、あるいはパブリッシャーとの関係が悪化したときに、この条項が完全な縛りになってしまいます。違約金が発生したり、より条件の良いパブリッシャーに乗り換えることができなかったりします。最初の交渉段階でこの点を押さえておけば、より柔軟な条項にすることは十分に可能です。「サインしてしまってから気づく」ケースが本当に多いので、契約書のレビューは必ず事前に行ってほしいと思います。
それからクリエイターや個人事業主の方だと、「何を弁護士に相談すればいいかわからない」という段階にいる方が多いように思います。そこは遠慮せずに「わからないのですが、まず聞いてもいいですか?」という形で来ていただきたい。費用面での懸念があれば、文化庁が設けている相談窓口や、Arts and Lawのようなプロボノ団体につなぐこともできます。まず入口として使ってもらえれば、適切な場所にナビゲートすることができますから。

クリエイティブが身近にあった幼少期からエンタメロー弁護士へ
―ブロードウェイに見るエンターテインメントの進化
―久弁護士ご自身のエンタメへの関心の原点を聞かせてください。
原点をたどると、両親の影響が大きいと思います。かつて父はファッション・アパレル関係の企画の仕事やミュージアムショップで販売されている雑貨を企画したり、子どものころからそういうクリエイティブな仕事が身近にありました。経産省に出向したときに、あるアパレル企業の担当者と仕事をする機会があったのですが、「久という名前、もしかして」と言われて話を聞いてみたら、かつて父と仕事を共にしていた方だったということもありました。そういう不思議なつながりが生まれるくらい、広い意味でのクリエイティブとは縁がある人生になっているように感じますね。
エンタメという観点では、中高で吹奏楽をやっていて、音楽はずっと好きでした。その流れでミュージカルにも興味を持つようになっていったのですが、本格的にはまったのは「RENT」を観たときです。日本でも繰り返し観て、いつか本場ブロードウェイで観たいという気持ちがずっとあって、それがニューヨークを留学先に選ぶ動機の一つにもなりました。
今は月に3、4本ほどのペースでブロードウェイに観劇に行っています。メインの大劇場で上演される「オン・ブロードウェイ」も、小さな劇場で上演される「オフ・ブロードウェイ」も両方観ますし、同じ演目でもキャストが変わると全く違う体験になるので、キャスト違いを観に行くこともあります。学生やシアター関係者向けのメンバーシップや当日券を使えば、思ったより手頃な金額で観られるんですよ。
最近、印象に残っている舞台が二つあります。一つはダニエル・ラドクリフ(ハリー・ポッターのあの俳優です)が出演している一人芝居の「Every Brilliant Thing」で、舞台上にも客席があって観客が実際に役を担って芝居に参加できるという形式です。選ばれた観客が恋人役や父親役などとして主役とやりとりするんですが、舞台上の席のチケットは相当高い。でも、あれは一生に一度の体験だと思います。もう一つは、ミュージカル「CATS」の楽曲とモチーフを使いながら、ニューヨークのLGBTQカルチャーに根ざした「ボールルームカルチャー」を再現するステージです。既存のIPをまったく異なる文化的文脈に接合するという発想が面白くて、エンタメはこういう形でも進化するんだと感じました。
ブロードウェイを観続けていると、クリエイターがどういう意図でどう表現しようとしているかに自然と意識が向くようになります。それが弁護士としての仕事にも影響しています。クリエイターの表現の意図を理解した上でサポートしたいという気持ちは、法律の勉強からではなく、エンタメを愛してきた経験から来ているんだと思います。
―今後、エンタメ弁護士としてどのような活動に取り組んでいきたいですか?
業務としては、ゲームキャラクターや映像作品のクロスメディア展開―映像化や舞台化など、コンテンツが形を変えてグローバルに広がっていく案件に引き続き力を入れていきたいと思っています。日本のコンテンツの可能性はまだ十分に引き出せていないと感じていますし、そこに法務の側から貢献できることは多くあります。
幸い私は今、日米の法律事務所で得たネットワークから、特に海外の重要な規制対応に関する情報が、知人の弁護士や業界のニュースレターなどから即時に入ってきます。これまでの経験に加えて、国内外の様々な最新情報を集積し、クライアントに価値提供したいと考えています。
業務の外では、ニューヨークにあるノンプロフィットの劇場コミュニティにも関与したいと思っています。ニューヨークには様々な非営利団体があって、例えばホームレスの子供たちに舞台体験を届けるような活動をしている団体などもあります。そういう場所にボランティアとして関わっていきたいと思っています。弁護士として何かできることもあるかもしれませんが、むしろシアターコミュニティの一員として、人として関わるイメージです。エンタメ業界を支える側に、弁護士という肩書きを超えた形で立てればいいなと。
面白い話をすると、以前に友人のタレントマネジメント会社を少し手伝ったことがありました。その友人は弁護士業務を行いつつマネジメント業務も行っており、その形にチャレンジしてみたのですが、なかなか難しかった。ただ、制作の現場により近いところに関わるという感覚はとても面白かったですし、良い経験になったので、将来的に何かそういう形でコンテンツの作る側に近いところに関われれば、という思いは持ち続けています。
前編では、キャリア形成から現在の業務内容、日本企業が海外展開で陥りやすい落とし穴を久弁護士にお聞きしています。あわせてご覧ください。
プロフィール
久 勇介(ひさし ゆうすけ)
都内法律事務所、経済産業省模倣品対策室、DAZN Japan Investment合同会社を経て、カルドーゾ・ロースクール(ニューヨーク)にてLLM取得。カリフォルニアのエンタメ・日本プラクティス特化事務所勤務を経て現職。ニューヨーク在住。ゲーム・アプリ・映像コンテンツの海外展開、知的財産、ライセンス契約を専門とする。iGi(インディー・ゲーム・インキュベーションプログラム)法務メンターも務める。
【2026.5.21】
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