【営業秘密 / セミナーレポート 中編】
漏らしてもアウト。流入してもアウト。〜営業秘密リスクの現実と実務〜
2026年9月29日に開催された、三村小松法律事務所主催のMIKOTAMAセミナー#09:営業秘密編「漏らしてもアウト。流入してもアウト。〜営業秘密リスクの現実と実務〜」では、不正競争防止法・営業秘密に詳しい黒川直毅弁護士と森義之弁護士が、ゲスト講師に神戸製鋼所の湯澤啓介氏を迎え、秘密管理性の現場の実態と、コンタミネーション(他社情報の流入)への対策を語りました。
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本記事では、同セミナーの内容をもとに、秘密管理性について3名の登壇者で行われた鼎談の様子をお伝えします。
裁判所の目線で見る秘密管理性
黒川
ではここから秘密管理性とコンタミネーション(他社情報の流入)の2つのテーマについて深掘りしていきたいと思います。
一つ目は秘密管理性です。営業秘密管理指針は、あくまで行政指針にすぎず、司法を拘束するものではありません。そこで、裁判所の目線では、秘密管理性のどこを重視しているのかを伺います。森弁護士、いかがでしょうか?

森
私は1994年から裁判官として知的財産関連事件を担当してきました。営業秘密の規定が不正競争防止法に設けられたのは、1990年です。私が担当し始めた頃は、規定ができたばかりで、手探りの状態で審理判断していました。今では、裁判例も蓄積され、行政指針も出て、議論はかなり収束してきたと感じています。
裁判所における秘密管理性の判断の実務
森
営業秘密の不正競争事件で一番争われるのは、秘密として管理されているかどうかです。原告、つまり訴えた側は、就業規則などで秘密について定めていること、入社時などに秘密についての誓約書を取っていることを、それらを証拠として提出して主張立証します。さらに、争われている情報について、実際にどう管理していたかを主張立証します。マル秘の表示やアクセスできる者の範囲の制限やパスワードなどです。多くの会社で通常はこれらについてルールがあるので、ルールを定めた証拠を提出します。
これに対して、被告、つまり訴えられた側は、実際はルールどおりではなかったと主張立証します。マル秘表示のある書類が机の上の誰でも見ることができるところに置いてあった、パスワードが机の上に貼ってあった、というような形骸化の主張です。この主張は、少なくとも一部は認められることが多く、そのような場合、裁判所は、実際にどのような管理がされていたかという実態で判断します。立派なルールがあっても、そのとおり運用していなければ、やっていないものとして判断します。その意味で、守れるルールを作り、そのとおり運用することが重要です。
管理体制中心から認識可能性を重視する判断へ
森
もう一つ重要なのが、情報の重要性です。その情報が企業にとってどれほど重要で、それを従業員がどの程度分かっていたか、ということです。不正競争防止法に営業秘密の規定ができてから間もない頃の裁判所の判断は、管理体制を重視して、従業員の実質的な認識可能性をあまり重視していなかったように思います。
これに対して、最近の裁判例は、情報の重要性をよく考慮しています。そのような重要な情報なら、従業員は秘密であることを分かっていたはずだというような観点を重んじています。最近では、世の中で営業秘密の重要性が認識されるようになってきたことが、このような裁判所の判断の変化に影響していると思います。
また、企業の規模も考慮要素の一つだといわれますが、裁判所が企業の規模によって秘密管理性の程度についての判断そのものを変えることはないと思います。もっとも、管理のやり方は、企業の規模で当然変わることになります。従業員が10人もいないような企業なら、社長が目を光らせて注意していれば足りるが、大きな企業ではルールを作って守らせる管理体制が必要であるというようなことです。
黒川
補足しますと、平成2年(1990年)の導入当初から2000年代初頭は緩やかでしたが、2000年代初頭から2000年代中盤にかけて厳しくなり、2000年代終盤からまた緩やかになっているという傾向が見受けられます。
秘密管理性に関する実務の4つの事例紹介
湯澤氏
神戸製鋼所の湯澤です。当社の実務のうち、秘密管理性を意識したものを4つご紹介します。
一つ目は、「入社時の誓約書」です。経産省の秘密情報の保護ハンドブックのひな型をベースにしています。なお、誓約書のうち上記ひな型から一箇所だけ内容的に変えた部分がありますが、それは後でお話しします。誓約書にサインしない人はいませんが、内容を分かってサインしている人も、かなり少ないと思います。入社したての方は、企業秘密管理規程を読んでいません。
誓約書は、当該規程で定義する企業秘密を守秘するという内容ですが、実際には規程を読まずにサインしているのです。正直に言うと、サインは入っていても魂が入っていません。そこで、魂を入れることに腐心しています。
二つ目は、「反復教育」です。入社1年目(新入社員・キャリア採用者)、そして係長、課長、部長になったタイミングで、企業秘密管理の教育をしています。入社時にサインしましたよね、何のことか分かりませんよね、だからここでお教えします、という形で、年次に応じて何が秘密かを教えます。
研修後のアンケートの質問で、「教わった内容を理解しましたか(回答の肢は「はい」一択)」と「自分にとって一番大事な秘密は何か(回答は自由記載)」を必ず回答してもらいます。誰が、いつ、どの教育を受け、どう回答したかは、すべてデータで残しています。その人が退職後に何かあれば、これだけやっていましたと示せます。アンケートの回答(後者の方)を後でチェックして、教育資料中の「企業秘密の例示」を増やしていこうと考えています。
三つ目は、「モニタリング」です。実態が大事ですので、毎年、全部署にアンケートを取っています。企業秘密管理規程を守っていますか、秘密印を押していますか、外部に秘密を出すときは秘密保持契約を結んでいますか、といった内容です。完璧にできているという返事も、全くやっていないという返事もありません。
それよりも気にしているのが、守りにくいルールはありませんか、という自由記載質問です。みんな薄々、こんなことまではできないと思っていても、誰も言わないものです。たとえば、各部の秘密は部長が指定するというルールについて、全部は指定できないという声があり、指定代行できるように明示のルールを変えました。メール一通ごとに秘密印を押すのは面倒だという声もありますが、それは押すようにしましょうと繰り返し教育して伝えています。守れないルールは、守れるようにする、という考え方で形骸化防止を意識しています。
四つ目は、「大事な情報のアクセス制限」です。情報は使ってなんぼですので、ある程度の人には使わせないといけません。ところが、秘密管理を厳格にしようとするとアクセス権を減らしたくなる。このジレンマをどう解決するかが、実務の肝です。
一つの考え方として、川上の技術と川下の技術に分けて前者が重要だという考え方があります。川下の技術とは、特定のモデル・特定の顧客製品向けについてどうやって製造するかを、ピンポイントの数字で示した図面です。川上の技術とは、当該製品について(モデルや顧客如何に関わらず)基本的にはこう作り、特定のモデルや顧客ニーズに応じてどうやってベストな数値を絞り込んでゆくかにかかる思想です。川下の技術は、製造現場の全員が見る必要があるため、アクセス制御がしにくい一方で、万一漏れても応用が利きにくい(製造設備が変われば数値が変わる)ので、影響は限定的です。
逆に、川上の技術は、競合に知られるとあっという間にキャッチアップされるので、とても怖いです。その一方で普段は見ないので、品質保証部が金庫に入れるなど、アクセス制限にもなじみます。これは重要な情報の特定にかかる一つの考え方ですが、このようにして大事なものを特定したら、縦に当該製品にかかる技術情報の細目を、横に、社内、海外拠点、お客様、設備メーカーなどの業務上それら技術情報の開示が必要となる相手先を並べた表を作ります。開示先ごとに、どの様な条件(守秘の有無等)がそろえば何処迄(全部OKか概要に止めるか等)の開示を許すのかを整理します。案件が進むと、上客だからこの情報を出したい、と例外を作りたくなりますので、そのときは誰の了解を得るかまでルール化します。冷静なときにこの表を作っておくことが大事だと思います。
黒川
ありがとうございます。研修のときに、自分が触れた企業秘密を書いてもらう点が面白いと思いました。情報の棚卸しを行うことは重要ですが、どうしても漏れが出てしまいます。それを、下から吸い上げる仕組みを整えておられます。形骸化についても、守りにくいルールを下から拾っておられます。管理部門はその実態が見えにくいため、ルールはついつい形骸化しやすいところですが、現場の声を吸い上げる仕組みは、他社も参考になると思います。
次回、後編ではコンタミネーションについて3名の登壇者で行われた鼎談の様子をお伝えします。
営業秘密に関するご相談
「退職者が資料を持ち出した形跡がある」「中途採用者が前職の情報を持ち込んでいないか不安」「規程や誓約書はあるが、実際に運用できているか分からない」——こうした状況にある経営者、法務・知財・人事ご担当者の方は、ぜひご相談ください。
三村小松法律事務所では、営業秘密に関する次のご依頼を承っています。
・インシデント対応:持ち出し・持ち込み(コンタミネーション)判明時の初動、警察との連携、民事・刑事手続への対応
・管理体制の見直し:社内規程・誓約書・秘密管理措置の点検と整備
・社内研修:従業員・管理職・役員向け研修への講師派遣
当事務所の黒川直毅は、経済産業省で令和5年の不正競争防止法改正と令和7年の営業秘密管理指針改訂に従事しました。条文と指針の趣旨を踏まえ、有事の際に証明できる管理体制の構築を支援します。勝負は平時に決まります。問題が起きる前のご相談も歓迎します。
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登壇者プロフィール
黒川 直毅(くろかわ なおき)
弁護士/弁理士。不正競争防止法および営業秘密の実務に精通。フランチャイズを中心とする事務所、特許訴訟を扱う総合事務所を経て、経済産業省知的財産政策室に4年間出向。出向期間中に令和5年の不正競争防止法改正に従事し、営業秘密管理指針の改訂や「声の保護」に関する研究会の立ち上げにも関与するだけでなく、海外のシンポジウムや大学等でも講演を行った。現在は法務省民事局の調査員を兼務するほか、各種セミナーにも注力している。営業秘密の相談や、営業秘密を含む不競法・特許・著作権訴訟に携わりつつ、知財の全領域へと専門性を拡張。
湯澤 啓介 (ゆざわ けいすけ)氏
株式会社神戸製鋼所 法務部担当部長/ニューヨーク州弁護士。1992年に神戸製鋼所へ入社し、知的財産部で26年間、共同研究開発契約・国際ライセンス契約の実務を担う。米国でLL.M.を取得しニューヨーク州弁護士登録。2018年より法務部に移り現職。日本知的財産協会、日本ライセンス協会、経営法友会等で秘密管理や不正競争防止法をテーマに継続的に登壇し、『知財管理』『NBL』への執筆も重ねる。現在は経営法友会大阪部会運営委員を務める。
森 義之(もり よしゆき)
1979年 東京大学法学部卒業。1981年より東京地方裁判所判事補などを歴任。1986〜1987年 判事補在外研究員としてイギリスに留学。大阪地方裁判所(行政租税部)、名古屋地方裁判所(行政・知的財産部)、東京地方裁判所知的財産部裁判長などを歴任。最高裁判所調査官、知的財産高等裁判所判事(裁判長)などを務める。2026年 三村小松法律事務所入所。裁判官として長年にわたり、行政・租税・知財・交通など多分野の審理に携わってきた。
【2026.10.21】
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