
アニメや漫画への知見を活かし
行政の立場から生成AIや「声の権利」に取り組む
【インタビュー/田邉幸太郎弁護士 後編】
キャラクターコンテンツに造詣が深く、多くの企業やクリエイターをサポートする田邉幸太郎弁護士。現在は内閣府に出向し、行政の立場から、アニメや漫画などが発展しやすい環境づくりに携わっています。
前編では、そんな田邉弁護士がキャラクタービジネスに力を入れる理由や業界の課題などについて聞きました。
後編では、現在出向中の内閣府での業務や、昨今話題の生成AI、声の権利などに関わる取組みについて詳しく聞いていきます。
省庁横断の調整役として
知的財産の先端分野に関わる
―2024年1月から、内閣府の「知的財産戦略推進事務局」に出向されていますよね。そもそもどのような理由で内閣府に出向されたのでしょうか?
今後の長い弁護士人生を考えた時に、少し別の角度から仕事をしてみるのも経験になるのではないかと漠然と思ったのが最初のきっかけですね。
海外ではロビイングなどが比較的盛んに行われていると思いますが、日本国内ではロビイングそのものがまだ一般的とまではいえず、議員や行政の動きがどうしても見えにくい。そこで、一度中に入って、行政とはどんなものなのか見てみたくなったのです。
―内閣府の「知的財産戦略推進事務局」は、簡単に言うとどういった組織なのでしょうか?
内閣府の特別の機関で、知的財産の創造・保護・活用に関する政府の計画である「知的財産推進計画」の取りまとめや、知的財産に関する重要施策の企画・推進・総合調整を行う組織です。知的財産に関して横断的な観点から検討が必要な事項について、各省庁の司令塔となる機関というイメージでしょうか。
分かりやすいところで言えば、2024年には知的財産とAIに関する会議を実施して、「AI時代の知的財産権検討会 中間とりまとめ」という資料を公表するなど、知的財産が関係する先端的な分野について横断的に検討する立場にあります。
―田邉さんはどのような業務を担当されているのでしょうか?
AIに関しては、私が着任した時点で「AI時代の知的財産権検討会」という会議体は立ち上がっていたのですが、取りまとめ資料は全くできていませんでした。そこで、チーム員とともに「AI時代の知的財産権検討会 中間とりまとめ」を作成し、2024年5月に公表しました。また、「中間取りまとめ」を公表した後も、関係企業にヒアリングに行ったりもしましたし、2024年度末にかけては俳優などの肖像や声をAIで利用する場合の契約に関する調査事業などの対応にも関与しています。
海賊版対策に関しては、私が着任した時点では海賊版対策に関わる官民の実務者が一同に会して議論などする場がなかったのですが、現状把握や情報提供なども行う場として「海賊版対策官民実務者級連絡会議」を組成し、その運営や資料の作成などを行っています。
AIや海賊版対策に関する事項には広く関与しています。「知的財産推進計画」の該当部分の草案作成もしますし、国会質問があったり、質問主意書の提出があった場合には答弁案を作成したり、議員からレクチャーの依頼があった場合には対応したりと、行政ならではの仕事ももちろんしています。
―なるほど。弁護士が行政に出向すると法改正などに関与するイメージがありますが、少々毛色が異なりますね。
内閣府知的財産戦略推進事務局は、例えば著作権法などの個別の知的財産法を所管しているわけではないので、基本的に個別の法律の改正には関与しません。他方で、マクロの視点で知財政策の動きを見ることができる立場にあるというのが特徴かと思います。 法改正に携わるというのも弁護士が行政に出向する魅力の一つだと思っているのですが、私は行政というものの動き方やそのロジックを見たいと思っていたので、内閣府に来て良かったと思っています
AI「中間とりまとめ」で
技術と知的財産権の両立を目指す
―先ほどもお話に出ましたが、昨年末に「AI時代の知的財産権検討会 中間とりまとめ」が公表されたことが話題になりましたね。「中間とりまとめ」はどんな点がポイントなのでしょうか?
「中間とりまとめ」では、知的財産とAIをめぐる課題について、「法律」・「技術」・「契約」の観点から検討しています。これら3つの観点は相互に補完し合う関係であるととらえています。
例えば、法律上は許諾を得ずにAIにデータを学習させることができる場合だったとしても、よりよいデータを得るために、きちんと契約をして対価を支払うということがあって良いわけです。関係者にこうした3つの観点を踏まえた考え方が少しずつ浸透していくことで、AI技術の進歩と知的財産権の適切な保護の両立が図られるのではないかと「中間とりまとめ」では考えているわけです。
また、この他にも労力や作風の保護や声の保護など、個人的にも関心の高い課題について触れることができました。
まさに、知的財産に関する重要事項について横断的に検討できる内閣府知的財産戦略推進事務局ならではの取りまとめ資料となったなと思っています。
特に「法律」に関しては、著作権法は文化庁、商標法や意匠法は特許庁、不正競争防止法は経産省がそれぞれ所管しているため、関係省庁との細かい文言の調整には大変苦労しました。細かい文言にこだわった結果、文章が若干不慣れな感じになったり、記載自体を(泣く泣く)大幅にカットしたりした部分もありましたが、取りまとめの資料としては有用なものができたのではないかと考えています。
「各法律の所管省庁が出した資料ではないから、『中間とりまとめ』に記載されている知的財産法に関する記載は参照する価値が若干低い」といったご意見もあるようですが、各法律を所管する関係省庁と十分に検討を重ねて文言の調整もしていますので、参照価値は十分あると思っています。
なお、「中間とりまとめ」は全90頁を超えるボリュームなので、ポイントだけ知りたい方は、拙稿「AI時代の知的財産権検討会『中間とりまとめ』のポイント」(民事法研究会『Law & technology』 (105), 47-57, 2024-10)をご覧いただければと思います。

新たな課題である「声の権利」を
積極的にサポート
―最近、「声の権利」という言葉をよく耳にします。実演家の方々が声の権利を守る活動をされていることをニュースで知りました。
声優さんをはじめとする実演家の「声」の問題は生成AIの普及に伴って真正面から議論されるようになったトピックで、私自身も大変力を入れているところです。これだけアニメが文化として定着して、日本の重要な産業として認識されているのに、実は日本ではいわゆる知的財産法の分野において、アニメの重要な要素である「声」そのものを直接的に保護する条文はありません。パブリシティ権など判例で認められた権利による保護の可能性などは考えられるところですが、「声」はなかなか保護されにくい不安定な地位に置かれてしまっているというのが実情です。
生成AI時代になって、少しでもサンプルがあれば、本人の声か他人の声か区別がつかないようなクオリティの音声を合成することが技術的に可能な状況になっています。その結果、有名な声優の声と分かる音声で、声優本人の主義主張とは異なる文章を読み上げさせて、あたかも本人がそのように発言したかのように見せるなど、声優自身が不快に感じるような利用をされるケースが生じています。
このような状況を受けて、日本俳優連合はもちろん、著名な声優の有志が集まって、無断で声を利用するのはやめてほしいと声を上げています。よく勘違いされている方もいるようですが、ここでは生成AIそれ自体を否定しているわけではないのです。私自身もこのような声優さんからのご相談に対応したり、AIと知的財産についてレクチャーするなどのサポートを行っていますし、メディアの取材などもお引き受けして、この問題に取り組んでいます。
生成AIは人々の生活を効率化してくれる優れたツールであり、今後も技術が進歩することは確実ですが、人の「声」は体の器官を通じて発され、人格との結びつきも非常に強いものです。こうした点にもっと配慮する必要があると考えています。
また、生成AIで「声」を利用することについては実演家の考え方もさまざまです。絶対に利用されたくないという意見の方もいれば、利用しても構わない、目的によっては利用しても構わないという考えの方もいます。それらの意見は等しく尊重されるべきでしょう。
このような考えから、日本音声AI学習データ認証サービス機構(通称AILAS)の監事をお引き受けし、声の持ち主の意思が反映される形で、人と音声AIが共存共栄できる社会をつくる活動にも力を入れています。
―最後に今後の展望を教えてください。
内閣府知的財産推進事務局の任期もあと1年を切っていますので、AIや海賊版対策についてみなさんに参照していただける成果物をきちんと提供したいですね。
弁護士としては、コンテンツ企業や個人の生成AIに絡む問題については引き続き注力していきたいですし、「声」の問題についてはさらに深く検討したいと思っています。 また、コンテンツ産業は日本の基幹産業の一つとなってきた以上、今後はさらにロビイングなどの重要性も増してくるのではないかと考えています。そういった、行政とのつながりの架け橋となるような形で、弁護士業の幅を広げていきたいですね。
【2025.6.18】
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