
法律家と永田町の視点で政策を動かすロビイング、
そして今まさに問われる国際法。
【インタビュー/野瀬健悟弁護士 後編】
知的財産、アート・エンタテイメント分野から国際人道まで、ユニークな複数の分野で法と政策の架け橋となってきた野瀬健悟弁護士。約1年半にわたり衆議院議員・文部科学大臣である阿部俊子氏の公設第一秘書/政策担当秘書を務めた経験からは、国会での立法プロセスに対する鋭い視点と実践的な知見を培いました。
多様な領域を横断する専門性と現場での実行力を兼ね備え、近年では企業ロビイングの分野でも注目を集める野瀬弁護士の人となりや信念に迫るインタビュー後編です。
前編はこちら
戦略的なロビイングとは?
政策提言の第一歩
―ロビイングの具体例としてはどんなものがありますか?
最近私が関わった例ですと、議員連盟(議連)の会合に有識者としてのヒアリング依頼を受けた方から「そもそも議連のヒアリングとはどのような場か?」、「何をどのように話すのが効果的か?」というご相談をいただきました。その方はご自身の業界について強い問題意識があり、政治を通じて改善したいとお考えだったので、政策担当秘書としての自分自身の体験をもとに議員連盟の性質と参加議員のキャラクターを踏まえながらアドバイスいたしました。
まずは政策形成過程における議連の位置付けについてご説明し、依頼者の問題意識や改善すべき内容を丁寧にお聞きして整理しました。ヒアリングにおいて話す内容と資料として残すべき内容について、議連の先生方に重要な課題だと感じてもらい、今後の政策形成につなげやすいようにサポートしました。
現状について具体例を多く盛り込み、ネックとなっているのがどのような法規制かについて分析したうえで伝えること、一度ヒアリングを受けてそのままになってしまわないために、今後の働きかけについても道筋を立てることが重要です。
―その方はヒアリングの機会に招かれましたが、自社から働きかける場合はどうしたらいいでしょう?
要望を「誰に」どのような立場で、そして「いつ」持っていくかの見極めが大事ですね。
「誰に」、という点では、要望のテーマにできるだけ深く結びついた議員を探すか、議員を通じて紹介してもらうことが大切です。議員連盟や自民党内の調査会などの組織で関係するものがないかをリサーチすべきです。第一歩となるツテがなければ、関連する場所の選挙区の議員に面会を申し込むと親身になって動いてくださりやすいと思います。
要望の立場について、国会議員は公益のために政治活動、立法活動を行うという大原則があります。一社のビジネスのための要望という形ではなく、業界全体を、多くの関係者を巻き込んだ立場による要望である方が、社会的インパクトが大きい政治課題として、議員側としても取組みやすくなります。議員からその業界に関して知見を得たい、法改正に取り組みたいというときにも、この人を窓口とすれば話が早いと認識されるようになるのが良い形です。そのためには、あるグループ、業界内で幅広く声をかけ、コミュニケーションを密に取ることで、窓口を担えるような準備も必要です。
次に「いつ」動くべきかですが、通常国会が1月に開かれて6月に閉会されるまでの流れにおいては、政府として通称“骨太の方針”と言われるものが毎年6月ごろ閣議決定されるんです。これにより次の国会に向けた内閣としての政策と来年度の国家予算編成に大きな影響を及ぼしますので、タイミングとしてはそこを意識することがポイントになりますね。
問題意識に共感して味方となってくれる議員を探し、多くの力のある先生にも参加いただいて政府に対して提言を出せるような形(議連やプロジェクトチームなど)を作るにはそれなりに時間がかかります。国会会期中のほうが永田町で先生方と連絡を取りやすいということはありますが、それにとらわれず早めに活動を始めること、機運を高めていくための継続的な働きかけが重要です。
議員秘書時代には、国会議員に要望を聞いてもらい満足されてしまうケースを見聞きしてきましたが、それだけで課題解決につながるのはかなり限定的で、勿体ないと思います。
―ロビイングによってビジネスを推し進めたり、自分の要望を陳情したり、一般の人にはまだまだ縁遠いと感じている人も多そうです。
自身と関係する選挙区の議員に直接相談に行く、というのは手段の一つです。実際に、そうしたことを日常的に行っている方は一定数おり、内容や陳情の方法次第では、それが政策に反映されるケースもあります。また、伝統的な業界の多くが業界団体を通じて政治と密にコミュニケーションをとっていることから、そこで聞く話が国会議員にとっての「世間の実情」となっている場合も多く、実際とはズレがあるかもしれません。
日々さまざまな法律が政策実現プロセスに乗っており、その中には、自身のビジネスにとって不利に働くものが含まれていることは十分あり得ます。だからこそ、自社と業界の仲間の立場や意見を早い段階からしっかりと議員に伝え、望ましい形、少なくとも実態を反映した形に着地できるよう働きかけることが重要ですね。実際、法案が成立に至るまでには、業界関係者や利害関係者からのヒアリングが必ず行われており、そのプロセスは法案提出の数年前から始まっています。つまり、法案が国会に提出されてからでは、当事者の意見を反映させるには手遅れなのです。そのため、議員との意見交換や要望の場をあらかじめ作っておき、早い段階で意見を表明しておくことが、将来的なリスク回避につながります。
ロビイングというと、自社に利益誘導を行おうとしているように見られがちですが、業界やビジネスの実態を正しく把握してもらい、それを反映した政策決定が行われるようにすることや、最新の政策議論について情報収集するためのものというイメージをもつのが良さそうです。そのため、立法府とのコミュニケーションに一定のリソースを割くことは多くの企業にとって有益と思います。
アメリカなど海外ではロビイングの際、リーガルアドバイザーを入れるのが一般的ですが、日本ではまだあまり馴染みがないのが現状です。既存の業界団体などによるロビイングは広く行われていますが、要望活動を受ける議員側としては、法律の専門家が入った内容の場合は違いが分かります。
国会議員の仕事は立法ですので、どの法規制がネックになっており、どのような改正によって問題解決につながるかを提示することで、多くの要望の中で差別化できます。
私は、企業のロビイングによってビジネスの発展が見込める可能性があり、多くの企業が政策提言に取り組むことで、社会の実態を反映した立法につながると信じており、政策担当秘書としての知見も活かしながら、国の制度と現場のギャップを埋める橋渡しができれば、と考えています。

議員秘書時代の野瀬弁護士
国際人道法を学び、実務へ。
実効性ある国際法システムの必要性
―昨年ニューヨークのフォーダム大学サマーインスティチュートに留学された際は、米国上院議員の事務所ならびにワシントンDCの米国議会へも訪問されたとか。
はい、阿部議員のご紹介で共和党のビル・ハガティ上院議員への訪問が叶いました。
米国の国会議員を支えるスタッフはとても充実しており、ハガティ議員の日本担当のスタッフにアテンドいただいて、米国議会の見学をしました。阿部議員はこれまで外交や人権保障の分野でも多くのご尽力をされており、過去アメリカの大学院に留学されていた際のご友人である国際刑事裁判所(ICC:International Criminal Court)判事の赤根智子さんにも、2023年にオランダ・ハーグを訪問した際に面会できました。赤根判事は2018年にICC裁判官に就任し、2024年に、日本人としては初めてICC所長になられた方です。ICCとは国際社会全体の関心事であるもっとも重大な犯罪、集団殺害犯罪、人道に対する罪、戦争犯罪に問われる個人を訴追する目的で設立された常設の裁判所です。
今、ロシアによるウクライナ侵攻やイスラエルとパレスチナ問題など、世界各地で戦争が起きている中、戦争犯罪も多発しています。ICCは戦争犯罪などのコアクライムの被疑者に対して逮捕状を出し、裁判を行う国際機関ですが、赤根所長自身がロシアから報復として逮捕状を出されていたり、イスラエルを支援するアメリカが大統領令により、ICC職員に対する経済制裁と、ほかの機関や企業がICCに協力すれば経済制裁をするという脅迫的な行動をとっており、国際的な裁判所としての機能を果たせないという状況にも陥っています。
―国連安全保障理事会も同じような状況ですよね。
そうですね。国際法に明確に違反する戦争犯罪が行われていたとしても、現実にはICCや国連安全保障理事会がそれを止める力を十分に発揮できていません。
現状では、国際法はその違反を裁き、予防するという意味での実効性をほとんどもたないとすら言えるでしょう。国際法違反に対しては、日本を含む力のある国が行動を起こすことで実効性を担保していくことも必要ですが、日本が例えば経済制裁のような強制力のある措置によって国際法秩序を守ろうとすることはありません。そのため、より効果的に機能する国際法の新たな枠組みと、日本の国際法秩序に対するスタンスの転換が必要だと感じています。属地主義の原則があり、ひとつの国の法律が外国に当然に適用されることはありません。国同士の対立や外国への犯罪行為といった国際法が扱う分野は、法律や司法制度だけでなく、国をまたいだ拘束力を作り出すための政治の動きとも密接に関連するため、両方の知見が必要不可欠です。
大きな戦争が起きている現在の国際政治情勢はまさに有事というべきで、日本企業の国際取引にも深く影響を及ぼしていますが、こうした有事に問題となる国際法、特に国際人道法を学び、有事の際にアドバイスできる弁護士は日本では見当たりません。
こうした状況を課題と捉え、この夏より私は日弁連の推薦制度を利用してイギリスに留学し、国際人道法を専門的に学ぶことを決めました。
―弁護士としての関わり方としては、国際人道はこれまでとはまた少し違った分野になりそうですか?
例えば、国際法違反が発生した際に、日本政府としてどのような対応や法的措置を取るべきか—それ自体もひとつのロビイングの形です。本来であれば、経済制裁などの措置も選択肢として考えられますが、現行の日本の法制度は不十分であり、政府も非常に消極的です。その結果、他国に追随する形で「極めて遺憾である」といった声明の発出にとどまってしまうことが多い。
もし経済制裁のような実効性のある外交オプションの整備が進み、政治のスタンスも変化すれば、国際社会に対してより実質的かつ影響力のある対応を取ることが可能になるでしょう。
―海外に対して日本のプレゼンスも上がりますよね。
そうですね。日本が国際法秩序を守る取り組みは、海外に展開する日本企業を守ることにもつながりますし、外交のスタンスによっては日本企業に有利な競争環境を作ることもでき、日本の経済にとってもプラスになる可能性もあります。国際法秩序、国際人道法というとスケールの大きな話に聞こえるかもしれませんが、実際には、国際法違反に対してより効果的に対応できる枠組みをつくるための、ひとつのロビイングのテーマと考えることができます。
今後は、イギリスでの学びを通じて得た知見を日本に持ち帰り、依頼者のニーズに応じて、利益を最大化するための立法府との関わり方をアドバイスすることも視野に入れています。さらに、実務レベルでもこれまでの常識が通用しない競争環境のなかで日本企業がサバイブするためのサポートに力を入れていきたいと考えています。
【2025.6.13】
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