
【インタビュー 野瀬健悟弁護士】
法律家と永田町の視点で政策を動かすロビイング、
そして今まさに問われる国際法。
【前編】
知的財産、アート・エンタテイメント分野から国際人道まで、ユニークな複数の分野で法と政策の架け橋となってきた野瀬健悟弁護士。約1年半にわたり衆議院議員・文部科学大臣である阿部俊子氏の公設第一秘書/政策担当秘書を務めた経験からは、国会での立法プロセスに対する鋭い視点と実践的な知見を培いました。
多様な領域を横断する専門性と現場での実行力を兼ね備え、近年では企業ロビイングの分野でも注目を集める野瀬弁護士の人となりや信念に迫るインタビューを全2回でお届けします。
議論好きな少年がたどり着いた
技術者とアーティストの知的財産を守る弁護士の道
―まずは弁護士になりたいと思われた理由を教えていただけますか?
大学が法学部だったので自然に、というところもありますが、元々ディベートが子供のころから好きだったんですよ。
―子供のころ、というと小学生くらいからですか?
はい、小学校とか中学校の頃ですかね。同級生だけでなく先生に議論を持ちかけるような子供でした。
社会科のテストの結果が返ってきて、バツになっていても、色々本を持って行ってこれはマルの可能性があるんじゃないですか? と聞くような。
―日本ではなかなか珍しい子供かもしれませんね!
その後、学生時代は演劇をやっていました。大阪大学の劇団で役者や演出もやったんですが、特に脚本を書くにあたっては、演劇はもちろん映画や音楽、小説など様々なジャンルの著作物を掘り下げていくんです。
そのうちそれら「知的財産権法」の分野に興味を持ち始めました。特に自分はS Fが好きだったのでテクノロジーに対する、いわば信仰心のようなものがあったのですが、テクノロジーの発展を弁護士の立場からサポートし、守っていくために知的財産権がある、というので分野が絞られていった感じです。
―どんな演劇がお好きだったんですか?
つかこうへいさんですね。つかさんの芝居は戯曲として残ってはいるんですが、ほとんど全部がアドリブみたいな感じで、稽古場で作られていくんです。でもそれであれだけ豊かな言葉が紡ぎ出されるところが素晴らしい。
演劇に限らずクリエーターはみんな本当に尊い存在。自分も弁護士になった以上は、その方たちを法律でサポートしていきたい、という気持ちが強くあります。
政策形成の現場で培った視点──立法プロセスに沿った企業ロビイング
―それで現在は企業やアート業界関係者などの紛争解決や知的財産が関連する相談に多く携わっていらっしゃるわけですね。
一方で、最近では政治の世界、国会議員の政策担当秘書という要職も務められました。どのような経緯で就任されたのですか?
弁護士としては訴訟を前提としていますが、法的紛争やご相談にはさまざまな解決方法があります。できるだけ多くの解決のオプションをもてるようになりたいと考え、もともと立法の世界にも興味を持っていたんです。
具体的なきっかけは「国際人道プラットフォーム」という元・衆議院議員で弁護士でもある山尾志桜里さんが立ち上げた団体を手伝っていたことでした。特に中国政府によって香港の「一国二制度」が崩壊の危機にあったとき、国際的に人々の自由や民主主義が脅かされている状況を食い止めるために、当時国会議員だった山尾さんが運営していた超党派による日本の国会議員連盟と、世界の国会議員有志による連盟があるのですが、「国際人道プラットフォーム」はこうした議員連盟のサポートや、国際政治や国際法をテーマにしたセミナーなどを行ってきました。私は今、理事も務めているのですが、その流れで衆議院議員の阿部俊子さんをご紹介いただき、政策担当秘書となりました。

―政策担当秘書とはどんなお仕事なのでしょうか?
国会議員の秘書は何種類かあるのですが、政策担当秘書は国家資格です。原則として毎年1回、試験が実施されるのですが、弁護士は筆記試験が免除されるので、弁護士が資格を取得するケースも多いです。ただ、資格を持っていれば秘書になれるというわけではなく、国会議員に採用される必要があります。国会議員1名につき3人の秘書を公費で雇うことができますが、そのうち政策担当秘書は1人だけです。
具体的な仕事としては政策立案のためのリサーチ、議員連盟や自民党調査会など会合の運営サポート、議員の会議や業界団体会合への代理出席、団体からの陳情対応など多岐にわたります。国会議事堂前にある議員会館に自分のデスクを持ち、特別国家公務員として弁護士業との兼業という形で今年3月まで1年半弱の間、勤務させていただきました。
ちょうどその期間は自民党総裁選挙や衆議院総選挙のほか、米国大統領選もあり、2024年10月には阿部議員が文部科学大臣に就任されるなど大きな政治イベントが目白押しで、自分にとっても重責ではありましたが、多くの新しい経験を積める、大変貴重な機会となりました。
―政策担当秘書としての日々は具体的にはどのようなものなのでしょうか?
国会議員って朝は8時から夜遅くまで本当にいろいろな会合に出席するんです。例えば特定のトピックについて政策を議論する議員連盟や自民党として国会に法案を提出するための部会や調査会、国会中は委員会、そのほかさまざまな業界団体が主催する懇親会など。議員本人が全部には出られないので、代理出席という場合も多くありました。
―議員の代理で動くとなると、もはや分身みたいな感じでしょうか。
そうともいえます。お会いする業界の方や支援者の方たちからも議員の代わりとして見られますし、政策や議員に対する要望などを直接うかがったり、議員との面会の日程調整をしたりすることも多かったです。
―国政にも直結する重要な窓口業務ともいえそうですね。
はい。弁護士としての仕事に繋げて考えると、法律ってこうやってできていくんだ、というプロセスをつぶさに見られたのはありがたい経験でした。法律は国会という立法府で作られるので、国会議員しか法律を作れないし、変えることもできないんです。テレビで国会中継をやっていますけど見ていても断片的でよくわからないし、実際、もう国会に議題として上がっている時点ではほぼ決まっているんですよね。自民党が衆院・参院ともに過半数を持っている状態であれば。
では、国会に上がるまではどのようなプロセスになっているのか? その情報はネットにも書籍にもあまり出ていないんですよ。法案となる種が一体どこから来て、どのように成長し、国会での審議に持ち込まれるのか? そのルートはある種の合理性もあり、また慣習的に行われている不合理性も自分には見えてきて、結局どれだけ良い政策でも多くの議員の協力を得なければ実現しないので、立法プロセスはかなり人間関係によるもので、そこがいわゆる“政治的”とも言えるんだろうな、ということを肌で感じました。
―法律や政治も結局は人間関係で動いていくもの、なんですね。
良くも悪くも根回しが当然あり、また必要不可欠でもあるということ。根回しは賛同者集めとも言えますが、政策担当秘書としては、議員が考える根回しをいかにスムーズに実施するかが重要な仕事でもありました。
私は弁護士として企業法務の分野を扱っているので、企業が何かビジネスを行う際に、法規制の調査や規制クリアランスのご相談を受けることが多いんですね。法律を調べてもはっきりしない場合は担当省庁に聞く場面もよくあり、担当課の回答には影響力があります。そのため、法律とは上から降りてくるものと捉えがちでしたが、秘書として、議員の視点から見ると法律は変えられるもので、一周回って新鮮な気付きでした。
また、立法のきっかけ、つまり法律によって解決すべき問題とか社会的な課題というのは国民の側から出てくるものなんですよね。国会議員はその媒体であって、良い提案をむしろ欲している。弁護士としては霞ヶ関の省庁の見解を前提として、その範囲内でロジックを組み立てるということをしていたのとは逆に、こちらから政治に提案して法律を、行政の運用を変えていける可能性もあるんだ、というのがよくわかりました。
―それがいわゆるロビイングということなんでしょうか。
そうですね。ロビイングというと多くの人にはあまり馴染みがないかもしれませんが、政策の形成や法改正などのきっかけ作りは国民であれば誰でもできるはずなんです。ただ、実際はどう動いたらいいか分からない方がほとんどだと思います。秘書時代には議員に代わって様々な陳情をお受けしましたが、政治のあり方に不満や怒りをもって強い言葉を使う方や立場が分からない方からはなかなか受け取りにくいですね。国会議員には大量な陳情がある中で、話を聞いてもらうだけでなく、議員自身のテーマとして取り組んでいただくには、ある程度は具体性をもった政策や法律の問題として整理してから行った方がいいですね。そして要望のテーマごとにどの国会議員に話をお持ちするか、どのような立場で行くかも重要です。陳情を受けるなかで、議員目線ではどのような方法が効果的なのかを知ることができたのは大きな財産になりました。
<後編>では具体的なロビイングのポイント、そして国際人道分野への視点も語っていただきます。
【2025.5.30】
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