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山本裕典さんの名誉毀損事案からひもとく、
ヤフーニュースの配信責任
2024年12月11日、最高裁判所は、俳優の山本裕典さんがLINEヤフー株式会社(以下、ヤフー)を被告として提起した裁判の上告審で、山本さん側の上告を棄却するとの決定をしました。
山本さんは、株式会社東京スポーツ新聞社(以下、東スポ)が同社ウェブサイトに掲載した記事が山本さんの名誉を毀損するとして、東スポだけでなく、同記事をYahoo!ニュース(以下、ヤフーニュース)に転載したヤフーに対しても損害賠償を求めていました。
今回山本さん側の上告が棄却されたことにより、ヤフーには責任がないと判断した一審、二審の判断が確定しました。
ヤフーニュースは今や生活に密着した情報ツールであり、実際に利用されている方も多いのではないでしょうか。今回のケースは、各種のニュースを配信するヤフーニュースの責任が正面から判断されたものです。どういった点が問題となったのか? どのような判断がなされたのか? 今後どのように考えられるのか? など深堀りしてみたいと思います。
どんな事案だったのか?
2020年7月、当時山本さんが主演を務めていた舞台で発生した新型コロナウイルス感染症のクラスター感染に関する記事が東スポのウェブサイトに掲載されました。この記事は、同日、ヤフーニュースでも配信されました。
この記事に気づいた山本さん側は翌日、東スポにこの記事の削除を求め、記事は削除され、ヤフーニュースでも配信が中止されました。
その後、山本さんは、東スポとヤフーに対し、今回の記事により山本さんの名誉が毀損されたとして、損害を賠償するよう裁判を提起しました。これが今回のケースです。
前提となる知識
そもそもヤフーニュースとはどんなもの?
まずは、ヤフーニュースについて整理してみたいと思います。
ヤフーニュースは、閲覧者がインターネット上で国内・海外の各種ニュースを閲覧し、コメントを書き込むことができるサービスです。600以上の情報提供元(新聞社、通信社など)から、1日平均6000本の記事が掲載され、その閲覧数は月に約225億に上ります(いずれも2020年6月当時のデータ)。
ヤフーは原則として自ら取材して記事を作成することはなく、記事の内容も個別にチェックをすることはありません。仕組みとしては、ヤフーが情報提供元と記事配信契約を締結し、情報提供元がヤフーの管理サーバーにデータを入稿すると、自動的にヤフーニュースのウェブページ上に記事が掲載されるということになります。
「原則として」と書いたとおり、例外も存在します。これが「トピックス」と呼ばれるものです。ヤフーでは社内編集部を設け、独自の掲載基準のもと、情報提供元から入稿された記事を公共性、社会的関心などの観点から選別しています。そして、一部の記事を独自の見出しや関連リンクを付けた上で「トピックス」としてトップページに掲載しているのです。
プロバイダ責任制限法とは?
今回のケースを理解するためには、いわゆるプロバイダ責任制限法(以下、プロ責法)の知識が不可欠ですので、ここで簡単に確認しておきましょう。
プロ責法は、インターネット上やSNS上で名誉毀損やわいせつ物など権利の侵害があった場合に、プロバイダ(通信機器をインターネットにつなげるサービスを提供する事業者)に対して発信者情報の開示を請求する権利や裁判手続などについて定めた法律です。
このプロ責法では、プロバイダ、サーバ管理・運営者、電子掲示板の管理者、SNS運営事業者などを「特定電気通信役務提供者」と定義し(プロ責法2条3号)、特定電気通信役務提供者の責任を一定程度限定しています(プロ責法3条1項)。
具体的には、権利を侵害した情報が不特定多数の人に送信されることを防止する措置を講じることが技術的に可能な場合で、かつ、その情報の流通により他人の権利が侵害されていることを知ったとき(プロ責法3条1項1号)や知ることができたと認める相当な理由があるとき(プロ責法3条1項2号)以外には、責任を負わないとされています。
もっとも、権利を侵害した情報の「発信者」(プロ責法2条4号で、不特定の人に送信される記録媒体に情報を記録したり、不特定の人に送信される装置に情報を入力した人をいうと定義されています。)に当たる場合は、当然ながら責任を負うことになります(プロ責法3条1項ただし書)。
どのような判断がなされたのか?
では、今回のケースについて、裁判所はどのように判断したのでしょうか?
まず、東スポの記事が山本さんの名誉を毀損する内容を含んでいたと認め、東スポの責任を認めました。
もっとも、ヤフーの責任については一審、二審ともに認めませんでした。
ヤフーの責任について、山本さん側は、①ヤフーは自己が管理するヤフーニュースで今回の記事を配信しており、この記事の内容を自ら表現している、②仮にヤフーによる表現行為といえないとしても東スポによる名誉毀損を幇助又は助長したということができる、として東スポとともに責任を負うべきだと主張しました。
これに対しヤフー側は、プロ責法により責任を負わないと反論しました。つまり、ヤフーはプロ責法2条3号に定義する「特定電気通信役務提供者」に該当し、かつ「発信者」(プロ責法2条4号、3条1項ただし書)には該当せず、さらに問題となった記事の流通により他人の権利が侵害されていることを知ったときや知ることができたと認める相当な理由があるときにも当たらないから、プロ責法3条1項により責任を負うことはないと反論したのです。
ヤフー側は、ヤフーニュースの構造を電子掲示板やSNSに類する構造と理解し、ヤフーニュースの運営者であるヤフーは、いわば電子掲示板の運営者と同じであると反論したわけです。
裁判所は、このヤフー側の主張を採用し、ヤフーは「特定電気通信役務提供者」であり、「発信者」ではないとして、ヤフーの責任を否定しました。
判断の中で、裁判所は、ヤフーが記事作成会社と配信契約を締結し、この契約に基づいてニュースを配信し、これにより広告収入等を得ていることから、ヤフーニュースでの記事の配信は記事作成会社とヤフーとの共同事業であるとの評価はあり得るとの考えも示しています。
もっとも、裁判所は、情報提供元がヤフーの管理サーバにデータを入稿すると、自動的にヤフーニュースのウェブページ上に記事が掲載されるという仕組みを重視し、今回の記事に関しては、ヤフーが情報を記録媒体に入力したと評価することは困難であると判断しました。
このように、ヤフーニュースに関するヤフーの責任をプロ責法の適用の中で議論している点が、今回のケースの最大のポイントといえます。
過去に、ヤフーニュースに関するヤフーの責任について判断されたものとして、「ロス疑惑」で有名な三浦和義さんのご遺族が敬愛追慕の情を侵害されたとして訴訟を提起したケースがあります。このケースで東京地裁は、個別的関与がないまま配信記事が掲載されたとしても、契約上、情報提供元に補填を要求できることを理由に、比較的簡単にヤフーの責任を肯定していました。
しかしながら、今回の最高裁決定により、今後はこのような争われ方はなされず、今回のケースのように専らプロ責法の中で議論されていくものと考えられます。
今後はどのように考えられるのか?
では、今回のケースを受けて、名誉毀損などになる記事がヤフーニュースに掲載されてしまった場合、ヤフーに責任追及ができなくなるのでしょうか。
あくまでも今回のケースは事例判断であり、事案が変われば当然結論も変わってくると考えられます。しかし、このようなニュースサイト運営者の責任が問われた過去の裁判例が少ないこともあり、今後の裁判でも、今回のケースが判断の参考にされるものと考えられます。
ただし、今回問題となった山本さんの記事は、情報提供元から提供された一般記事であり、ヤフーの社内編集部が関与する「トピックス」記事ではありませんでした。このようなヤフーの関与がある記事についてどのような判断がなされるかは今後の課題といえるでしょう。
また、ヤフーニュースでは、情報提供元の表示は控え目で、むしろヤフーニュースのロゴなどが目立って表示されています。そうした理由から、ヤフーを電子掲示板の運営者と同様に扱うのは妥当ではなく、プロ責法を適用するとしても、要件の一つである、その情報の流通により他人の権利が侵害されていることを知ることができたと認める「相当な理由」(プロ責法3条1項2号)をより厳格に判断するのが妥当だとする意見もあります。このように、同様のケースであっても、議論すべき課題はまだ残っているといえます(なお、今回のケースでは、山本さん側はこの点について特に主張立証しなかったようです。)。
さらに、今回のケースでは、東スポが山本さんの求めに応じて直ちに記事を削除したことから、ヤフーニュースでの配信も自動的に中止されました。しかし、例えば、情報提供元とヤフーに対して削除を求めたにも関わらず、情報提供元が記事を削除せず、ヤフーも同様に配信を続けたようなときにまで、なおもヤフーが「発信者」に当たらないと判断されるかは議論の余地があると思います。
このようにまだまだ残された課題もありますので、今後も注目すべき判断がなされたときはご紹介したいと思います。
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【2025.1.30】
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