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  • 現代美術界のプレイヤーとしての法務活動とは?


    現代美術関係の法務を多く手がけている代表弁護士の小松隼也。
    事務所には小松自身がコレクションしたアート作品が多く展示されています。小松が現代美術のコレクターになった理由、そして法務との関わりについて聞きました。


    ―そもそも現代アートに興味を持ち、コレクターになったのはどんなきっかけがあったのでしょうか?

    自分は長野出身で京都の大学を卒業して東京で弁護士になったのですが、東京に出てきた頃に友達になったのが、東京芸大出身のアーティスト、福本健一郎さんだったんです。当時はアートに特化した弁護士もいなくて、作家さんの著作権に関する相談にのったり、ギャラリーから相談を受けたりするうちに、文化政策のお手伝いをするようになりました。2009〜2010年頃だったかと思います。

    現代美術の分野でどのような政策が求められているか、アーティストやギャラリスト、アートフェアのディレクターやコレクターたちと意見交換していく中で、契約書を作ったり、実務側の意見を取りまとめて文化庁に伝えたり、税法の改正に携わったり、法律家としてできることも多くあることが分かってきました。その時に、弁護士という関わり方だけではなく、いちプレイヤー(=コレクター)としてアート業界に関わってみたほうがいい、といろんな方に言われました。

    当時、コレクターといえば精神科医の高橋龍太郎先生か、大林組の大林剛郎さんくらいしか知らず、若手で現代美術を買う人はほとんどいませんでした。ある日、文化庁関連のヒアリングで日本のオークション会社の聞き取りとしてSBI オークションを訪ねたところ、ヒアリング後に「せっかくなのでオークションの下見会もご覧になってください」とお声がけ頂きました。すると、昔から大好きだった写真家の森山大道さんの網タイツをテーマとした作品の最大サイズのものが出品されていました。当時の自分からすると清水の舞台から飛び降りるような金額でしたが、どうしても気になってしまい、翌日、裁判が終わったタイミングで霞ヶ関からタクシーでオークション会場に直行すると、ちょうど森山さんの作品の一つ前の作品の出品が終わったところ。
    これは運命だ!と思い、勢いと緊張でドキドキしながらも、パドルを上げ続けて落札しました。

    それをきっかけに、福本さんの作品や、同世代の作家の作品など、年に3〜4点くらいアートを購入するようになりました。

    ―コレクションをするようになってアートの見かたは変わりましたか?

    観るだけだったら、そのアートがどういうコンセプトで作られているかを理解するだけで終わりますが、コレクションするとなると、その作品が今後100年間、どういう意味を持っていくのか、自分のコレクションの他の作品とどういった関連性を持つのか? というところまで考えるようになりました。ただ観るだけと違って、買うとなると5〜6倍は深く考える、という感じでしょうか。コレクターとしては、どこか自分の仕事や人生に結びつくようなフックのある作品をコレクションしていきたいですね。コレクションを始めたことで、美術業界の慣習、プレイヤーごとの関係性、作家の悩みやポリシー、批評や美術館の重要性とか、どこの美術館やギャラリーがいい、とかだんだんわかるようになってきて、自分もようやくアート業界の一員に入れたかな、という実感を得ました。

    ―コレクターとはアートを買うことで、自分が買ったものの集積を後世に残していく、という意識が強いものなのでしょうか?

    それがないとプレイヤー感はないように思います。最初はただ好きなものを直感で買っていましたが、特にニューヨークへ行ってからは強くそう感じるようになりました。ニューヨークは現代アートの本場とも言えるような土地なので、他のコレクターの方たちと交流する機会も多く、「なぜコレクションしているのか?」「どういうコンセプトでコレクションしているのか?」について聞かれることが多かったんです。自分自身が「いちコレクターとしてどんなプレイヤーなのか?」「なぜこの作品を買ったのか?」について考えた時に、自分のコレクションにストーリー性があるほうがいい、と思うようになりました。そしてコレクターとしての立ち位置を考えると、それは「弁護士としてなぜその仕事をしているのか?」という問いにも繋がっている、と思えてきました。

    それまで、アートやファッション、建築といったクリエィティブな業種で専門性を持った弁護士はいなかったので、新分野を開拓しているという意識を持ってはいましたが、その上で何がしたいのか? ともう一歩踏み込んで考える機会を得たと思います。
    その分野の方たちが活躍するために法務的なサポートをするだけでなく、新しい契約スキームや働き方を提案したり、国と一緒に制度を変えたり、海外と交流したり。弁護士として弁護するだけではなくて、法律の専門家として、その分野のプレイヤーとしてクライアントと協働していく、というレベルまで押し進めたい。そういったマインドを自分の中で具現化できたのは、コレクターとしてアートを蒐集し始めてからのことですね。

    ―クリエィティブ分野などに特化してサポートする際に、アドバンテージとなっている点は具体的にはどういったところですか?

    例えば、デザインを保護したい場合は特許庁に登録を申請するのですが、それが新しい、とか画期的である、ということを証明するためは文献を集める必要があります。デザインでもファッションでも、その分野に知見が深いことで「海外のあそこに行けば文献があるんじゃないか?」、「あの人に意見書を書いてもらいましょう」、「あの雑誌にインタビューが掲載されていましたよね」、などの具体的な提案ができます。
    著作権についても同じような問題があるのですが、コレクターとしてアートを山ほど見ていますから、「同じような表現の作品が過去にどれぐらいあるかどうか」、等も依頼者に確認しなくてもこちらでわかることが多いから、より戦略が立てやすい、ともいえます。

    ―文化庁など国との取り組みとはどのようなことをされているのですか?

    私が意見交換の場に入った頃は、現代美術を支援する施作を始める前の段階で、当時は実務側の各プレイヤーの悩みのヒアリングから始まり、海外のアートフェアにギャラリーが出展する際の金銭的な支援の枠組みの検討、批評家の海外派遣制度や若手育成の必要性の検討、税制の改正の必要性などについての意見を取りまとめて国と共有するなどをしました。まだCADAN(一般社団法人日本現代美術商協会)ができる前のことです。

    こういった活動を民間側でとりまとめ、国と意見交換ができるような団体を創設する必要性を感じていたので、当時一緒に活動していた方々とCADANの設立をお手伝いし、設立以降は顧問として引き続きサポートしています。税制のこと、例えば美術作品を国や美術館に寄付したときに税制優遇ができるかどうか、についてのリサーチは何年もしていて、有識者会議に出席したり、CADANから意見書を出したりして、少しずつ変わってきています。昨今のアートフェアや展示の際には、日本に作品を輸入するときにあらかじめ申請手続きを行うことで、消費税を事前に納めなくてもよい、という制度ができましたが、それについても海外からの意見を国に共有したりしました。ここ10年くらいで、日本の現代美術界も少しずついろんな面で整備されてきている実感はありますね。現代美術業界から文化政策に関する意見が述べられたことはここ50年ほどではなかったという話も聞いたことがあります。今はCADANが設立されたことで、ギャラリー間での意見交換や勉強会、国との意見交換を以前よりもスムーズに実施できるようになりました。

    文化政策のサポートだけではなく、作家の友人からの相談、ギャラリーからの相談、美術館からの相談、美大の学生からの相談も年々増えていて、アートローという分野を立ち上げ、これまで頑張ってきてよかったなと思います。ただ、この15年であたらしい表現活動もどんどん出てきているので、自分よりも若い次世代の専門家を育てる必要性を痛感しています。現代美術が大好きで、プレイヤーにも興味がある弁護士が増えていくことを願っています。

    【2024.12.24】

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