著作権侵害でなくても損害賠償?
楽譜の無断模倣をめぐるバンドスコア事件最高裁判決を解説
令和8年10月9日、最高裁判所第二小法廷は、著作権で保護されない楽譜であっても、その模倣の態様によっては不法行為が成立すると判断しました。
訴えたのは、バンド用の楽譜を制作・販売する楽譜出版社です。訴えられたのは、その楽譜を模倣して制作した楽譜をウェブサイトで無料公開していた会社と、その代表者らでした。最高裁は会社側の上告を棄却し、約1億6900万円の連帯支払いを命じた東京高裁の判決が確定しました。
著作権で守られないのに、なぜ損害賠償請求が認められたのか。そもそも、バンドスコアとは何か、なぜ著作物に当たらないのか、順を追って説明します。
バンドスコアとは?
バンドスコアとは、バンド用の楽譜のことで、ボーカル、ギター、ベース、ドラム等の各パートの楽譜が一つにまとまったものをいいます。
バンドミュージックは、多くの場合、録音現場で演奏・録音しながら作曲されるため、作曲者自らが作成した完全な楽譜が存在せず、楽曲の全てを表現するのは録音された原盤だけという場合が非常に多いのです。そのため、バンドミュージックの楽譜であるバンドスコアを制作する場合、音源の演奏内容を聴き取り、楽譜に書き起こします。いわゆる「耳コピ」で、楽譜を書き起こす作業を「採譜」といいます。
採譜は、とても大変な作業です。
- 多くの楽器が混ざった音源から、楽器ごとの音を聴き分けなければならない
- ギターは同じ高さの音を複数の押さえ方で出せるため、どの弦のどこを押さえているかまで推測する必要がある
- 他の音に埋もれて聴き取れない部分は、前後の流れから経験で補う
最高裁も、採譜は「専門的な音楽教育を受けた上で相当な修練を積んだ者が、相応の時間をかけて行う作業である」と述べています。
事件の概要
問題になったのは、ある会社が運営していたバンドスコアの無料公開サイトです。この会社は、少なくとも平成23年12月から平成30年6月までの約6年半、579曲分のバンドスコアをサイトで無料公開し、広告収入を得ていました。
最高裁が前提とした事実によれば、会社の楽譜は次のような流れで作られていました。
- 代表者が、楽譜出版社の販売するバンドスコアを自分で購入する
- そのバンドスコアを、曲の音源データと一緒に会社の担当者に渡す
- 会社は自ら採譜することなく、出版社の楽譜に依拠して実質的に同一の表記をし、サイトで公開する
会社側は、担当者はまず自分で耳コピしており、買った楽譜は聴き漏らしがないか確認するための参考資料にすぎないと主張しました。これに対し出版社側は、会社の楽譜は出版社の楽譜のほぼ丸写しだと主張し、5億円の賠償を求めて平成30年に提訴しました。
最高裁が前提とした事実によれば、サイトで楽譜が無料公開されていた平成24年度から平成29年度までの間、出版社の売上げは平成23年度に比べて大幅に減少しました。一方、サイトが閉鎖された直後の平成30年7月から9月には、売上げが前年同期より大幅に増加しています。
本件のバンドスコアは「著作物」に当たらない
著作権法は、著作物を「思想又は感情を創作的に表現したもの」と定めています。この「創作的」に当たるかが問題となります。
最高裁は、出版社のバンドスコアについて「本件楽曲の音源を基に採譜をして制作された楽譜であり、著作権法2条1項1号にいう著作物には当たらない」と判断しました。訴えた出版社自身、当初からこの点は認めていました。
バンドスコアの元になる曲は、作曲家・作詞家の著作物です。
一方、バンドスコアを作る作業は、すでにある曲をできるだけ正確に楽譜へ写し取ることを目的としています。採譜者の技量や判断によって細部に違いが出ることはあっても、目指すのは原曲の再現であり、新たな表現を生み出すことではありません。
最高裁が、出版社の楽譜は「本件楽曲の音源を基に採譜をして制作された楽譜」であることを挙げて著作物性を否定したのも、こうした性質を踏まえたものと考えられます。著作権法は、手間をかけたものではなく、創作的に表現したものを保護する法律なのです。
では、著作物でないものは自由に模倣してよいのでしょうか。著作権法は、何に、どこまで独占的な権利を与えるかを細かく定めています。裏を返せば、そこから外れるものは原則として誰でも自由に利用できるはずです。
この点について、最高裁は、平成23年12月8日の最高裁判決(北朝鮮で製作された映画をテレビ局が無断で放送した事件。以下「平成23年判決」といいます。)を参照し、出版社の楽譜を利用する行為(複製など)は、「同法〔著作権法〕が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではない」と述べています。つまり、不法行為が成立するのは、この「特段の事情」がある場合に限られることになります。
保護の対象は「営業」
最高裁が保護したのは、楽譜の中身を独占する利益ではなく、出版社が楽譜を制作・販売するという「営業上の利益」でした。ここがこの判決の大きなポイントです。
最高裁は、平成23年判決の枠組みを維持したうえで、「特段の事情」の中身を次のように示しました(判決文中の「被上告人」は楽譜出版社、「上告人」はウェブサイト運営会社とその代表者を指します)。
「上記行為が、単に著作物の利用行為に相当する行為であるというにとどまらず、社会通念上自由競争の範囲を逸脱して被上告人の営業を妨害し、その営業上の利益を侵害するものということができるときは、被上告人スコアを独占的に利用する利益とは異なる被上告人の法的に保護された利益を侵害するものとして、上記特段の事情があり、不法行為を構成するものというべきである。」
ライバルの顧客を奪うこと自体は、自由競争の一部です。問われるのは、その手段が自由競争の範囲を逸脱しているかどうかです。最高裁は、逸脱を認める理由として次の事情を挙げています。
- 費用のただ乗り
出版社は多額の費用と手間をかけて採譜し、楽譜を売ってその費用を回収していた。会社は自ら採譜せず、楽譜全体を細部まで模倣することで、スコア制作に要する多大な費用の負担を免れていた - 規模と期間
少なくとも約6年半、579曲にも及ぶ行為だった - 同程度の品質で無料
一般の利用者から見れば出版社の楽譜と同程度の品質のものが無料で手に入り、出版社の売上げが大きく減った時期もあった。
最高裁は、本件行為が「被上告人から容易に顧客を奪取し、被上告人の営業の継続に直接的かつ重大な悪影響を及ぼすものであった」としています - 認識
こうした影響を、会社側が分かっていたことは明らか - 市場全体への影響
同様の行為が許されれば、自ら多大な費用をかけて採譜する出版社が市場で著しく不利になり、公正な競争秩序が害されかねない
最高裁はこれらを総合して、今回の行為を「著しく不公正な手段を用いて被上告人の営業の継続を困難にさせる競業行為であり、社会通念上自由競争の範囲を逸脱して被上告人の営業を妨害し、その営業上の利益を侵害したものというべきである」と結論づけました。
2人の裁判官は、次のような補足意見を付しています。
【尾島裁判官】
著作権法等で保護されない知的成果物は、多大な費用等をかけて創り出されたものであっても、「原則として、他者がこれを模倣して自由に利用することができることになる」としつつ、「ある事業者が費用等をかけて創り出し、利益を上げていた商品を他の競業者がそのことを認識しつつ、費用等をかけずに模倣して利用し、消費者をより誘引する別の方法で市場に提供する行為は、知的成果物の利用による利益の侵害行為とはいえなくても、営業妨害行為として不法行為には該当し得る場合がある」と述べています。
【高須裁判官】
無料公開と広告収入という手法には「情報化社会の特性を利用した新たな営業形態を自ら開発、実践した成果であるという側面がある」と認めつつ、本件は「一方で従来のビジネスモデルの成果に便乗しこれを利用しながら、他方で新たなビジネスモデルの果実を独占的に収受したというケース」であると述べています。
一審は請求棄却、二審で逆転
一審の東京地裁(令和3年9月28日判決)は、一部の曲に不自然な一致があることは認めつつ、会社側が独自に採譜したとみられる部分もあるとして、模倣を認めませんでした。さらに、仮に模倣した楽譜があったとしても、出版社の主張する損害との因果関係は認められないと判断しました。そのため、不法行為の成否には踏み込まないまま、請求を棄却しています。
二審の東京高裁(令和6年6月19日判決)は、模倣の痕跡に着目して判断を覆しました。主なものは次のとおりです。
- 誤りの一致
出版社の楽譜にあったコード表の配置の誤りが、そのまま引き継がれていた。自ら採譜していれば極めて容易に気付くはずの誤りです - 意味を理解しないままの転記
出版社が独自に用いていた「Small note」という注記(小さい音符はコーラスの意味)が、コーラスを別の段に分けた会社の楽譜にも残っていた - 1000分の1秒単位の一致
エフェクターの設定時間「468ms」が、出版社の楽譜と完全に一致していた - 出版社独自のフレーズ
アーティストの監修を受けて出版社が加えた、原曲の音源とは全く異なるドラムのフレーズが、会社の楽譜にも記載されていた - 一致率の差
出版社の楽譜と他社の楽譜の一致率が約20~50%台であるのに対し、会社の楽譜とは95~100%だった。会社が他社の楽譜を購入していた曲では、逆にその他社の楽譜と9割以上一致していた
そのうえで二審は、579曲すべてについて1小節ずつの立証を求めるのは出版社に不可能を強いるとしました。そして、会社が組織的な方針のもとで、購入した楽譜をあらかじめ担当者に渡していた楽曲である限り、579曲全体について模倣があったと推認しました。
損害額をどう算定するかも、大きな争点となりました。会社は楽譜を販売していないため、会社の売上げをそのまま出版社の損害とみることができません。二審は、定番曲10曲をサンプルに、サイトでの閲覧1回が出版社の楽譜何冊分に当たるかを割り出す方法で、逸失利益を約15億円と試算しました。そのうえで数値に不確定さが残るとして、その1割である約1億5426万円を逸失利益と認め、弁護士費用1500万円を加えました。
注目ポイント
1. 最高裁が「特段の事情」を肯定し、その中身を示した
今回、最高裁は特段の事情を肯定し、それが認められる場合を、「社会通念上自由競争の範囲を逸脱して」営業を妨害するという形で具体的に示しました。もっとも、費用負担の免脱、期間と規模、品質の同等性と顧客奪取、加害者の認識、競争秩序への影響といった事情は、本件の事実関係に即して挙げられたもので、一般的な判断基準として定式化されたわけではありません。それでも、著作物に当たらない成果物の模倣が争われる事件では、これらと同様の事情をどこまで主張立証できるかが重要になると考えられます。
2. 著作物でなければ、模倣は原則自由
今回の判決で、本件のバンドスコアに著作権と同じような独占権が認められたわけではありません。尾島補足意見は、特段の事情が必要とされる理由を、「著作権法がその権利成立の要件、保護範囲、救済手段、保護期間等を法定している」ことに求めています。そのうえで、この要件は「著作権の保護と他人が創り出したものを利用して行う営業活動の自由との関係を調整しようとするもの」だと説明しています。
つまり、不法行為で保護されたのは楽譜の中身ではなく、出版社の営業上の利益です。他社が自ら費用をかけて採譜し、結果として似た楽譜を作ることは、今回の判決によっても妨げられないと考えられます。問題とされたのは、他人の楽譜にただ乗りして市場で競争するという、営業の手段です。著作権で保護されないものの模倣は自由、という原則はなお維持されています。
3.勝訴しても、賠償額は控えめになりやすい
出版社は勝訴しましたが、5億円の一部請求に対し、認められたのは約1億6900万円です。逸失利益は、試算額約15億円の1割にとどまりました。二審は、サイトの閲覧数と出版社の販売冊数との間に厳密な対応関係は認めることは困難であるとしました。また、著作物ではない以上、損害額の推定規定(著作権法114条)も適用されず、類推適用すべき事情も認め難いとして、出版社の実際の売上げ減少額(約4億2785万円。他の楽譜類を含む)を超える金額を逸失利益とするのは相当でないとしました。そのうえで、算定に用いた数値は「なお不確定さを内包している面がある」として、民事訴訟法248条の趣旨を踏まえ、「損害額が過大になることのないよう控えめに算定する」としました。
なお、閲覧数や広告収入のデータは、弁護士会照会(弁護士法23条の2)で第三者から取り寄せたものでした。著作物に当たらない成果物の模倣を理由に賠償を求める場合、損害額の立証には、こうした証拠をどこから、どう集めるかが大きく影響します。
今回の判決は、著作権で保護されない成果物であっても、模倣の態様によっては不法行為が成立し得ることを示したものです。
著作権で保護されない成果物の模倣は原則として自由ですが、実際の事業活動では、著作権侵害の有無だけでなく、模倣の態様や競争への影響なども踏まえた判断が求められる場合があります。 自社の成果物を模倣された場合も、他社の成果物を利用する場合も、法的な問題の有無は個別の事情によって異なります。こうした知的財産や事業活動に伴う法的リスクについてお悩みの際は、三村小松法律事務所までお気軽にご相談ください。
ご依頼・お問い合わせはこちら
プロフィール
真喜志 ちひろ(まきし ちひろ)
法学部を卒業後、法律事務所での勤務を経てロースクールへ進学。弁護士登録後、医療法人のインハウス(社内弁護士)として法務部を立ち上げ、法務部長を務める。契約・労務・人事にわたる実務を経験したのち、総合系法律事務所を経て三村小松法律事務所に加入。現在は訴訟、コーポレート、労働法、医療法人に関する業務など幅広い分野を手がける。
【2026.10.23】
法律相談・メディア出演のご相談はこちら
お問い合わせMiKoTamaメルマガ
法律に関する様々な情報トピックをメルマガで配信