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  • 営業秘密・不正競争防止法に精通する弁護士が解説
    営業秘密漏洩時の初動対応と警察連携の重要性


    【インタビュー/黒川直毅弁護士 後編】

    経済産業省において不正競争防止法の改正および営業秘密管理指針の策定に携わり、この4月に三村小松法律事務所に参画した黒川直毅弁護士。立法の現場で培った条文の背景・趣旨への深い理解を武器に、営業秘密・不正競争防止法を得意分野としています。
    後編では、知的財産法を志したきっかけや経産省出向を経て得た「立法趣旨を読み解く力」、さらには生成AIの普及が営業秘密管理にもたらす影響と企業が取るべき対応、そして「実態と理論の往復運動」を軸とした弁護士としての信念とキャリアビジョンについてお話を伺いました。

    前編はこちら


    知財分野を志した背景と経産省出向で得た視点 ―「法律を作る側」での経験が実務にどう活きるのか

    ―前編では営業秘密漏洩などの専門的な話を伺いましたが、ここからは黒川弁護士のバックグラウンドなどについてお伺いしていきたいと思います。
    知財を専門とされていますが、元々知財にはどのようなきっかけで興味を持ったのですか?

    知財に興味を持ったのは高校時代です。私は吹奏楽部でトランペットを担当しており、クラシック音楽も好きなので、プロに個人レッスンを受けるなど、当時は音楽でプロを目指すことも真剣に考えていました。ただ、進路を考える中でプレイヤーとしての限界も感じ始めていた頃、ある経験が転機となりました。
    高校時代、アニメ作品の収録に関わる機会があり、レコーディングの現場に立ち会ったのですが、そこで初めて「作品の裏側で支えるプロフェッショナル」の存在を強く意識したんです。音楽やアニメといったエンターテインメントは、単なる創作ではなく、さまざまな権利や仕組みによって支えられている。その構造に触れたことで、「自分は創る側ではなく、支える側として関わる道もあるのではないか」と考えるようになりました。その延長線上で、著作権や知的財産という分野に興味を持ち、クリエイターや産業を支える仕事として知財法を志すようになりました。

    ―司法試験後のキャリアも一貫して知財分野だったのですか?

    はい、司法試験の選択科目も知財法でしたし、キャリアとしても一貫して知財領域を歩んできました。大学時代から知財を専門に研究し、学術誌への論文掲載12 ※北海道大学のウェブサイトへジャンプします。)の経験も得ることができました。ロースクールも知的財産法の大家である田村(善之)先生(現東京大学大学院法学政治学研究科教授)のもとで学びたいと思い、当時先生がいらした北海道大学法科大学院に進学することにしたんです。
    実務に入ってからも、特許・著作権・不正競争防止法といった分野を横断的に扱ってきましたが、特に「エンタメと産業をつなぐ法分野」という視点は常に意識してきましたね。

    ―それで経済産業省の知財室への出向を決めたんですね。

    いえ、恥ずかしながら、実は当初は出向制度自体を全く知らなかったんです。経産省からお話をいただいた際に初めてその存在を知り、検討を始めたのがきっかけでした。
    いわゆる弁護士としてのキャリアパスの中で、「行政に入って政策形成に関わる」という選択肢は明確に意識していたわけではなかったんですが、経産省からお声がけをいただいたことで、「法律を使う側」から「法律を作る側」へと視点を移す機会になりました。ここで重要だったのは、自分がどの領域で価値を発揮できるか、そして将来的にどの分野が伸びるのかという観点です。
    というのも知財の中でも、特許法や著作権法は既に成熟した領域で、専門家も多く、体系も整備され、実務も蓄積されています。一方で、不正競争防止法は、いわば「動いている法律」であり、技術革新やビジネスモデルの変化に応じて、極めてダイナミックに進化している領域でした。
    例えば、限定提供データの保護の導入などは、世界的にも先進的な試みです。つまり、不競法は「未完成であるがゆえに可能性がある」分野であり、そこに関与することで、単なる専門家ではなく、ルール形成に関与できると思ったんです。 企業法務の視点で言えば、これは極めて重要な示唆を含みます。すなわち、「成熟した法領域での最適化」だけでなく、「未成熟領域でのルールメイキング」に関与できる人材が、今後の競争優位を左右するという点です。

    ―経産省での法改正業務において、特に印象に残っていることは何でしょうか?

    やはり、法改正というプロジェクトのスケール感と複雑性は、一弁護士の扱う案件とは比較にならないものでした。
    まず、関与するステークホルダーの数が圧倒的に多いです。経産省内部だけでなく、特許庁、法務省、内閣法制局、さらには産業界、学術界など、多層的な関係者が存在します。それぞれが異なる視点と利害を持っている中で、最終的に一つの条文としてまとめ上げる必要があります。
    実務的には、連日深夜まで議論を重ねることもありました。しかし、そのプロセスを通じて実感したのは、「条文の一文字一文字に意味がある」ということです。企業法務においても、契約条項の文言一つでリスクが大きく変わることがありますが、法改正はそのスケールが国家レベルに拡張されたものと言えます。
    特に印象的だったのは、自分が関与した文言が、最終的に法律として成立した瞬間です。これは単なる達成感ではなく、「社会のルールの一部を形作った」という実感でした。「制度は与えられるものではなく、形成されるもの」であるという認識は、企業の方々にとっても有用に思います。自社のビジネスに影響を与える制度に対して、どの段階で、どのように関与するかという視点は今後ますます重要になるのではないでしょうか。

    ―もう少し経産省での仕事について詳しく伺いたいのですが、法律事務所と行政官庁で働いてみて、どんなところに仕事の違いを感じましたか?

    強いて言えば、「利害関係者の大きさ」でしょうか。弁護士は基本的にクライアントの利益最大化を目的としますが、行政では「国全体として何が最適か」を考えます。例えば、ある技術を保護すべきかどうかを検討する際、弁護士であれば「このクライアントにとって有利かどうか」を基準に判断します。しかし行政では、「この制度変更が産業全体にどのような影響を与えるか」「国の経済成長に寄与するか」といったマクロな視点が求められますよね。
    また、法律はあくまで政策手段の一つに過ぎないという認識も重要です。補助金、税制、ガイドラインなど、複数の政策ツールの中で、法律は一つのオプションに過ぎません。 企業経営に当てはめると、「法務は経営の一部であるが、全てではない」といったところでしょうか。法務部門が単独で意思決定するのではなく、経営戦略の中でどのように位置づけるかが重要になると思います。

    ―出向を経て、弁護士としても成長を実感されたのではないでしょうか。

    最大の収穫は「解釈の背景を理解できるようになったこと」ですね。通常、弁護士は条文や判例を基に解釈を行いますが、法改正に関与すると、「なぜその条文がその形になったのか」という立法過程を理解することができます。これは非常に大きなアドバンテージです。なぜなら、条文の文言だけでは読み取れない「立法趣旨」や「検討の経緯」を踏まえた解釈が可能になるからです。
    さらに、学者や実務家との密な議論を通じて、自分の思考の枠組み自体が拡張されました。第一線でご活躍されている専門家と直接議論できる環境は、通常の実務ではなかなか得られません。恐らく企業の法務部の方々にとっても、「なぜそのルールが存在するのか」ということまで理解することで、より戦略的な意思決定が可能になる場面があると思います。結果だけでなく、根幹やプロセスを理解することの重要性を改めて感じましたし、弁護士としての視野が広がったように思いますね。
    余談ですが、霞ヶ関に4年もいたおかげで、霞ヶ関あるあるとして情報を1枚のポンチ絵にまとめる癖がつきました。最近は家族で旅行に行くときなどに、旅程をNano Bananaでポンチ絵にまとめて、画像1枚でいつでも簡単に確認できるようにしています。地味に便利です。

    ―霞ヶ関ならではのエピソードですね。経産省での知識や経験は法律事務所での実務にどのように活きると思いますか?

    営業秘密と不正競争防止法を軸としつつ、特許との統合的な戦略を提供していきたいと考えています。
    この領域は経済安全保障にも関連する重要な分野だと思いますが、初動対応や警察との連携などの具体的な手続きやその重要性について、まだまだ企業側も法律家側も認知が高いとは言えません。専門家が少なく、論文もあまりないので、海外事案も取り込みながら体系化し、社会に広く発信・啓蒙していけたらと思っています。
    従来、企業は「特許で公開して保護するか」「営業秘密として非公開で守るか」という二項対立で考えることが多かったと思いますが、現在はその境界が曖昧になっています。また、生成AIの進展により、リバースエンジニアリングが容易になってきて、秘密として保持することの難易度が上がっています。その結果、一定期間の独占で十分な場合には、特許による保護を選択するケースも増えています。
    つまり、知財戦略は「オープンとクローズの最適配分」を考える問題に変化しています。この判断を誤ると、競争優位を失うリスクが高まります。

    生成AI時代の営業秘密管理と弁護士の役割 ― 実務と理論を行き来する意思決定のあり方

    ―AIの進展は知財や営業秘密管理にも影響が大きそうです。

    そうなんです。生成AIの普及は営業秘密管理の前提を大きく変えつつあります。従来は「いかに情報を外に出さないか」が中心でしたが、現在は「どこまで活用し、どこで制御するか」という視点が求められています。
    特に問題となるのが、「秘密管理性」とAI利用の関係です。一部では、AIに情報を入力することで秘密管理性が失われるのではないかという懸念が指摘されています。しかし、これを過度に強調すると、企業はAI活用そのものを躊躇することになります。私は、ここはバランスの問題だと考えています。すなわち、
    ・契約上の保護(利用規約、データ利用範囲)
    ・技術的措置(アクセス制御、ログ管理)
    ・社内ルール(入力情報の範囲の明確化)
    といった複数のレイヤーで管理することで、リスクをコントロールしつつ、AIのメリットを享受するべきです。
    さらに重要なのは、「リスクの相対評価」です。AI利用による潜在的リスクと、利用しないことによる競争劣後リスクを比較した場合、後者の方が大きくなるケースも少なくありません。
    企業にとっては、「完全に安全かどうか」ではなく、「許容可能なリスク水準かどうか」といた要素も含めて判断することが求められてくると思います。

    ―なかなか判断が難しそうなところですね。そのような場合に弁護士としてクライアントにどのようにアドバイスをするのがよいのでしょうか?

    私の考えになりますが、まずは「リスクを正確に、かつ網羅的に提示すること」です。そしてその際、過度にクライアントに寄り添いすぎないことも重要だと思っています。企業法務の現場では、しばしば「結論ありき」でアドバイスが求められる場面がありますが、そのような状況であっても、弁護士の役割は「意思決定の前提となる情報を歪めずに提示すること」にあると考えています。具体的には、
    ・法的リスクの発生確率
    ・発生した場合のインパクト(損害額、レピュテーションリスク等)
    ・回避可能性や代替手段
    といった要素を整理し、構造化して提示することが重要です。ここで重要なのは、「リスクゼロを目指さない」という発想です。ビジネスにおいてリスクは不可避であり、むしろ適切にコントロールされたリスクは価値創出の源泉にもなり得ます。
    したがって、「どのリスクを取るべきか、許容できるか」「どのリスクは回避すべきか」ということを明確にすることが求められます。クライアントにとっては、このプロセスは単なる法務対応ではなく、「経営判断の一部」です。法務部門や外部弁護士をどのように意思決定プロセスに組み込むかが、企業全体の意思決定の質を左右すると言っても過言ではありません。
    また、営業秘密の分野で私が特に大切にしているのは、「事後対応で終わらせない」という視点です。営業秘密の漏洩は、一度起きてしまえば情報は元に戻りません。だからこそ、案件の解決と並行して、「なぜ漏洩が起きたのか」を管理体制の観点から分析し、同じことが繰り返されない仕組みを作ることまでが、私の仕事だと思っています。

    ―なるほど。そのようなアドバイスを行う際に、弁護士として大切にしている価値観は何でしょうか?

    私が最も重視しているのは、「実態と理論の往復運動」です。これは単なるバランス論ではなく、意思決定の質を根本から規定する思考様式だと考えています。
    まず、実務においては、目の前の事実関係やビジネスの現実、つまり「実態」が出発点になります。企業は常に競争環境の中で意思決定を迫られており、スピードや実効性が求められます。そのため、現場ではどうしても「とにかく動く」「結果を出す」ことが優先されがちです。しかし、実態だけに依拠した判断は、短期的には機能しても、中長期的には整合性を失うリスクがあります。なぜなら、法的評価や規制環境は、一定の理論的枠組みの上に成り立っているからです。理論を無視した意思決定は、後から説明がつかなくなり、結果としてリスクが顕在化する可能性があります。
    一方で、理論偏重にも問題があります。理論がどれほど精緻であっても、それが現実のビジネスに適合していなければ、実務的価値は限定的です。特に新しいビジネスモデルや技術領域では、既存の理論では十分に説明できないケースも多くあります。したがって重要なのは、「実態を起点に理論を構築し、その理論を再び実態に適用する」という循環です。私はこのプロセスを粘り強く繰り返すことが、弁護士としての価値の核心だと考えています。
    経営方針の視点から言えば、これは「意思決定の説明可能性」とも言い換えられます。単に正しい判断をするだけでなく、「なぜその判断が合理的なのか」を説明できる状態を維持することが、組織としての持続可能性を支えます。

    ―最後に今後のキャリアビジョンについて教えてください。

    今後は、「実務と理論をつなぐ存在」として価値を発揮していきたいと考えています。単なる専門家ではなく、「構造を設計する役割」というようなイメージです。具体的には、実務で得られた知見を理論化し、それを再び実務に還元するというサイクルを回していきたいですね。例えば、不正競争防止法や営業秘密に関する領域では、まだ十分に整理されていない論点が多く存在しますが、これらを体系化し、企業が意思決定しやすい形に落とし込むことができれば、日本企業全体の競争力向上にも寄与できると考えています。
    また、海外の情報も積極的に拾いにいきたいですね。営業秘密を含む知財やデータの問題はグローバルに連動しており、各国の制度や実務との比較の中で、日本の位置づけを考える必要があります。
    最終的には、「実務(企業活動)」、「理論(学術・法解釈)」、「政策(制度設計)」この三つの領域を横断しながら、持続的な価値創出に貢献できる存在でありたいと考えています。
    営業秘密については、毎朝、「営業秘密」でエゴサーチするくらい営業秘密オタクなので、誰よりも詳しい人間となれるよう努力し、営業秘密に関して困っている企業の方々に真っ先に思い出してもらえる存在になりたいと思っています。

    【2026.4.2】


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