営業秘密・不正競争防止法に精通する弁護士が解説
営業秘密漏洩時の初動対応と警察連携の重要性
【インタビュー/黒川直毅弁護士 前編】
経済産業省において不正競争防止法の改正および営業秘密管理指針の策定に携わり、この4月に三村小松法律事務所に参画した黒川直毅弁護士。立法の現場で培った条文の背景・趣旨への深い理解を武器に、営業秘密・不正競争防止法を得意分野としています。
本記事では、黒川弁護士に増加傾向にある営業秘密漏洩事案の背景を踏まえつつ、コンタミネーション(情報流入)リスクへの対応、発覚時の初動対応や証拠保全、警察との連携といった実務上のポイントについて解説していただきました。
後編はこちら
営業秘密漏洩事案はなぜ増加するのか
― デジタル化・人材流動化・コンタミネーションリスクの構造
―はじめに、これまでのご経歴と三村小松法律事務所に入所された理由を教えてください。
2017年に弁護士登録を行い、最初はフランチャイズ法務を中心とする法律事務所に所属していました。その後、別の法律事務所に移籍し、特許訴訟を中心とした知財案件に従事しながら弁理士登録も行いました。
2022年4月から2026年3月までの4年間、経済産業省の経済産業政策局・知的財産政策室に任期付き公務員として出向しまして、この4月に三村小松法律事務所に入所しました。
三村小松法律事務所への入所を決めた理由は明確で、「訴訟の現場に戻りたい」という思いでした。経産省では法改正に携わりましたが、法律は作って終わりではなく、「使われて初めて意味を持つ」もので、その最終的な出口が訴訟になります。
三村小松法律事務所には複数名の元裁判官が在籍しており、しかもいずれも知財分野で実績のある方々です。単なる条文解釈ではなく、裁判所がどのように事実認定し、結論に至るのか。その思考プロセスを多面的に学びながら実務に活かせる環境に強い魅力を感じました。
―経済産業省では具体的にどのような業務を担当されていたのでしょうか?
中心はやはり不正競争防止法に関する法改正です。法律を変えるためには「なぜ変える必要があるのか」という立法事実が不可欠であり、そのために企業ヒアリングを重ね、現場の課題を収集します。
その上で、法案を作成し、内閣法制局の審査を受けます。この審査は非常に厳格で、条文の一言一句に至るまで精査されます。同時に、審議会などの場で有識者や産業界等の意見を反映させる必要もあります。
さらに国会審議に向けて、国会議員への説明や答弁の準備も行います。私自身、これら一連のプロセスにフロントとして関与させていただきました。条文の中には、私が考えた文言がそのまま採用されているものもあり、非常に責任とやりがいを感じる経験でした。
弁護士の官庁への出向は、通常は2年で任期を終えることが多いのですが、縁あって4年間務めさせていただいたおかげで、関係各所とのネットワークを作ることができたり、海外のシンポジウムにも参加させていただいたりするなど、貴重な経験を得ることができました。
※法改正作業や任期付公務員についてはこちらの記事もご参照ください。(第二東京弁護士会のウェブサイトにジャンプします。)

―営業秘密管理指針 の改訂にも関わられたとのことですが、実務への影響はどのようにお考えですか?
営業秘密管理指針の役割は、不正競争防止法を所管する行政の立場として一つの考え方を示すことにあります。ただし、必ずしもすべての実務的論点を明示できるわけではありません。
重要なのは、その「背景にある意図」です。条文や指針の文言は、すべて理由があって選ばれています。その理由・趣旨を理解しているかどうかで、典型的ではない事案への対応力が大きく変わります。
その意味で、立法担当、指針担当としての経験は、単なる解釈論を超えた実務的価値を提供することができると考えています。例えば、営業秘密管理指針や不正競争防止法の条文の解釈についてご相談いただけましたら、指針等に表されていない背景も踏まえて、より深いアドバイスをすることが可能です
営業管理秘密管理指針に関しましては、こちらの記事(BUSINESS LAWYERSのウェブサイトへジャンプします。)や下記のYouTubeで解説しておりますので、よろしければそちらもご参照いただければと思います。
―先日、企業の営業秘密漏洩の案件が過去最多との報道もありました。
日本経済新聞社の報道ですね。営業秘密漏洩事件の増加の背景は単一の要因ではなく、複数の構造的変化が重なっていると理解しています。大きく三つの要因があると思うのですが、それぞれが相互に作用している点が重要です。
第一に、「デジタル化による情報流出のハードル低下」です。かつて紙媒体が中心だった時代には、顧客名簿や設計図面を持ち出すこと自体が物理的にも心理的にも困難でした。大量の資料を印刷すれば周囲の目に留まりますし、持ち運びにも制約があります。しかし現在では、USBメモリやクラウド、あるいはメール転送といった手段により、極めて短時間かつ不可視的に営業秘密を持ち出すことが可能になっています。この「痕跡の見えにくさ」が、抑止力を著しく低下させています。
第二に、「人材流動化の進展」です。終身雇用が前提であった時代から、転職が一般化した現代においては、人の移動とともに情報も移動するリスクが高まっています。特に営業秘密の持ち出しは、転職にともなう退職直前に集中する傾向があり、これは日本に限らず海外でも共通する現象です。企業側としては優秀な人材を採用するインセンティブがある一方で、その人材が前職の情報を保持している可能性を常に内包することになります。
第三に、「証拠環境の変化」、すなわちデジタルログの存在です。従来は「持ち出された疑い」はあっても、それを裏付ける証拠が不足しているケースが多く、訴訟に至らないことが少なくありませんでした。しかし現在では、アクセスログ、ダウンロード履歴、メール送信履歴などが詳細に記録されており、「誰が・いつ・何にアクセスしたか」を客観的に示すことが可能です。これにより、警察による刑事事件化が進み、それに引きずられる形で民事訴訟も増加しているという構造があります。 さらに補足すると、グローバル競争の激化も見逃せません。企業の競争優位の源泉が「技術そのもの」から「ノウハウ」や「データ」にシフトしている中で、営業秘密の価値が相対的に高まっています。つまり、侵害されるインセンティブ自体が高まっているという側面もあるのです。
―最近は営業秘密の漏洩や流出だけでなく、流入の方の「コンタミネーションリスク」も注目されていると聞きます。
そうですね。コンタミネーションとは、他社の営業秘密が自社に「意図せず混入する」リスクを指します。従来は「流出」が主な論点でしたが、現在は「流入」による企業の責任追及が現実化しています。典型的なケースは、転職者による情報持ち込みです。企業としては即戦力を期待して採用しますが、その過程で前職の営業秘密が混入する可能性があります。
さらに近年注目されているのが、スタートアップとの協業におけるリスクです。共同開発や技術評価の過程で情報を受領し、その後別のパートナーと開発を進めた結果、「以前の情報を利用したのではないか」として訴訟提起されるケースが海外で増えています。
このようなリスクに対しては、事後対応ではなく「事前設計」が不可欠です。具体的には、
・採用時に誓約書を締結する
・情報のアクセス範囲を限定する
・プロジェクトごとに情報を分離管理する
・開発プロセスや意思決定の記録を詳細に残す
・協業解消後の情報遮断措置を講じる
といった対応が求められます。
また、実際に営業秘密漏洩が発生し、相手方と警告や交渉等を行う際には、「どこまで情報を開示するか」といった極めて難しい判断が必要になります。過度な開示は自社の機密を損なう一方、不十分な開示は不利な推認を招く可能性があります。
このように、コンタミネーションリスクは単なる法務問題にとどまらず、事業戦略・人事戦略・技術開発戦略と密接に結びついたリスクであると言えるでしょう。また、コンタミネーションが事件化してしまった場合の危機管理対応も重要なポイントとなります。
三村小松法律事務所では、危機管理を得意とする弁護士と外部のパブリックリレーションズを専門とする企業との連携によって、万が一、営業秘密の侵害が公になってしまった場合の事後対応まで一貫したサポートが可能な点も強みであると考えます。
―営業秘密の漏洩を防ぐ側の立場に戻り、企業は平時からどのような準備をすればいいのでしょうか?
重要なのは「流出を完全に防ぐ」ことだけではなく「流出しても法的に守れる状態を作る」ことです。この視点は非常に重要です。
まず前提として、不正競争防止法上の営業秘密として保護されるためには、①秘密管理性、②有用性、③非公知性の三要件を満たす必要があります。この中でも特に争点となるのが「秘密管理性」です。
秘密管理性を担保するための具体策としては、以下が挙げられます。
第一に、「明確なラベリング」です。対象情報に「Confidential」「社外秘」などの表示を付すことで、当該情報が秘密として扱われていることを客観的に示します。これは裁判所の判断においても重要な要素となります。
第二に、「アクセス制御の実装」です。誰でもアクセス可能な状態では、秘密として管理されているとは評価されにくくなります。職務等に応じたアクセス権限の設定が不可欠です。
第三に、「ログ管理の高度化」です。単なる閲覧ログだけでなく、ダウンロードや外部送信の履歴まで把握できる体制が望ましいです。これにより、侵害発生時の証拠確保が容易になります。
さらに、教育・研修の実施も重要です。従業員に対して、営業秘密の概念や違反時のリスクを理解させることで、内部からの抑止力を高めることができます。 これらの取り組みは、単なるコンプライアンス対応ではなく、「有事における武器を準備する行為」であると位置付けるべきでしょう。

営業秘密漏洩への初動対応の重要性
― 証拠保全・警察連携・平時の備えの実務
―実際に営業秘密漏洩が発生してしまった場合には、どのような初動対応を取ればいいのでしょうか?
営業秘密漏洩案件の本質は、「証拠に依存する紛争」であるという点にあります。そのため、初動対応は単なる早さの問題ではなく、「証拠の生死を分けるプロセス」だと言えます。
まず重要なのは、疑いが生じた段階で迅速に社内調査を開始することです。ここでいう調査とは、単なるヒアリングではなく、「証拠の確保を前提とした事実関係の特定」です。具体的には、「誰が」「いつ」「どの情報にアクセスし」「どのように持ち出したのか」という4点を軸に整理していきます。
この過程で特に注意すべきは、ログの保存期間です。企業によってはアクセスログの保存期間が数か月に設定されている場合もあり、対応が遅れれば証拠そのものが消失してしまいます。これは取り返しのつかないリスクです。
また、証拠保全の方法にも高度な専門性が求められます。例えば、PCやサーバーデータの取得について、適切なフォレンジック手法を用いなければ、後に「証拠改ざんの可能性」が指摘されるリスクがあります。そのため、デジタルフォレンジックの専門業者と連携し、「適法かつ再現性のある手続」で証拠を確保することが不可欠です。
さらに、初動対応は単に証拠を集めるだけではなく、「戦略の分岐点」でもあります。刑事告訴を視野に入れるのか、民事訴訟に注力するのか、あるいは交渉での解決を目指すのか。これらは初期段階での証拠状況によって大きく左右されます。証拠保全がどの程度できているか、秘密管理性がどの程度認められるか、それらを踏まえてどのような戦略を採ることができるのかというアドバイスに、営業秘密を得意分野とする弁護士の強みがあると考えています。 結論として、初動対応の質と戦略決定がその後のすべての流れを決めると言っても過言ではありません。
―営業秘密漏洩は内容によって民事訴訟と刑事訴訟の可能性がありますね。法律事務所にはいつ相談したらよいのでしょうか? 弁護士としてはどのような役割が求められるのでしょうか?
営業秘密漏洩事案において、刑事手続は非常に強力な手段となり得ます。しかし同時に、適切に準備しなければ機能しない手段でもあります。
よくある誤解として、「なんとなく怪しいから警察に相談する」というアプローチがありますが、これでは警察は動きません。警察が動くためには、一定程度の証拠と法的整理が必要です。
具体的には、
・営業秘密該当性(秘密管理性・有用性・非公知性)の整理
・持ち出し行為を裏付ける証拠の保全
・保全した証拠を整理して提示
・被害状況の具体化
といった要素が求められます。
さらに重要なのは、「警察とのコミュニケーション設計」です。営業秘密漏洩事案は一般的な刑事事件とは異なり、専門性が高いため、警察側も必ずしも慣れているわけではありません。そのため、弁護士が間に入り、論点を整理し、資料を整え、捜査の方向性を明確にすることが重要です。また、証拠が保全されているか、証拠保全が可能かという点が決定的に重要となるため、証拠保全の段階から法律事務所に相談をすることをおすすめしています。
警察との連携を適切に進めれば、刑事手続を通じて強制的な証拠収集が可能となり、民事訴訟にも大きな影響を与えます。つまり、刑事と民事は相互補完的な関係にあるのです。
―営業秘密漏洩は初動対応が非常に重要なんですね。さらに、警察との連携が重要であるという点について、弁護士がどのように関与するのが良いのか、もう少し詳しく教えてください。
データの不正持ち出しや営業秘密漏洩のような事案では、刑事的な評価が可能となるケースも多く、早期に警察と連携することで、強制捜査による証拠収集や関係者の特定といった、民事手続だけでは実現困難な対応が可能となります。逆に言えば、この初動の段階で警察との接点を持てるかどうかが、その後の展開を大きく左右するのです。
もっとも、実務の現場では、「いつ、どのように警察に相談すべきか」「警察のどこの部署に相談すべきか」「どの情報をどの粒度で提供すべきか」といった点で判断に迷われる法務担当者の方も多いのではないでしょうか。過度に情報を開示すれば企業側のリスクにもなり得ますし、逆に慎重になりすぎれば、捜査の端緒を逸する可能性もあります。
ここで重要な役割を果たすのが、弁護士の存在なんです。弁護士はクライアント企業と警察との間に立ち、情報の交通整理を行うことで、双方にとって適切なコミュニケーションを図ることができます。すなわち、企業側の守るべき利益(機密情報、レピュテーション等)を確保しつつ、警察にとって必要十分な情報を過不足なく提供することで、実効性のある連携を実現するのです。
しかしながら、このような対応は単に法律知識があれば足りるものではありません。実際には、警察との実務的なコミュニケーションの経験や信頼関係に基づくネットワークが大きく影響します。刑事事件の対応経験が乏しい場合、どの部署にどのタイミングでアプローチすべきかが分からず、結果として連携が後手に回るリスクも否定できません。また、このような知見やネットワークは一朝一夕で身につくものではありません。平時から弁護士自身が警察とのコミュニケーションやネットワークを持っておかなければならないのです。
その点、三村小松法律事務所は、企業法務と刑事対応の双方に精通した弁護士が在籍しており、警察との円滑な連携を実現できる体制を有しています。実務においても、初動段階から警察対応を見据えた戦略設計を行い、証拠収集・事実整理・当局対応を一体として進めることで、企業のリスク最小化と実効的な問題解決を支援してきました。
ありがたいことに、私は、経産省時代に各都道府県の警察や公安の方々とコミュニケーションやセミナーの機会をいただき、ネットワークを構築してきた自負があります。この経験は三村小松法律事務所においても活かしていけると思っています。 初動対応は、まさに「時間との戦い」であり、一度失われた証拠や機会は取り戻すことができません。その中で、警察との連携をいかに戦略的に組み込むか、そしてそれを誰が担うのかが、結果を分ける決定的な要素となります。法務担当者の皆様におかれては、平時からこうした体制構築を意識していただくことが、将来の危機対応力を大きく高めることにつながると考えています。
後編では、黒川弁護士が知財・不正競争防止法の専門家を志したきっかけや経産省での立法経験、そして「実態と理論の往復運動」を軸とした弁護士としての信念とキャリアビジョンについてお話を伺います。
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