パテントリンケージ制度における情報提供は違法?
パテントリンケージの仕組みとその問題点を解説
2025年10月29日、日本ジェネリックがバイエル薬品を被告として東京地方裁判所に起こしていた訴訟(「日本ジェネリック・バイエル事件」)において、日本ジェネリックの請求を棄却する判決が下されました。この訴訟では、先発医薬品メーカーであるバイエル薬品が、いわゆる「パテントリンケージ制度」において行った特許権に関する情報提供が、後発医薬品メーカーである日本ジェネリックの営業上の信用を害するか(不正競争防止法2条1項21号)が争われていました。
パテントリンケージ制度における情報提供が信用棄損に該当するかについては、2025年8月13日に知財高裁で類似事案(後発医薬品メーカーであるサムスンが先発医薬品メーカーであるリジェネロンを相手に申し立てた仮処分事件。「サムスン・リジェネロン事件」)の決定が出たこともあり、近年注目を集めています。
本記事では、パテントリンケージ制度における情報提供の仕組みやその問題点、これらの裁判例の実務上の影響などについて解説します。
目次
後発医薬品(ジェネリック医薬品)とは?
パテントリンケージ制度を理解するための前提知識として、「後発医薬品」についてお話ししましょう。 後発医薬品はジェネリック医薬品とも呼ばれます。皆さんも病院や薬局で「ジェネリック医薬品を希望しますか?」と聞かれたことがあるかもしれません。
実は、医薬品には、特許で保護されている先発医薬品と、先発医薬品の特許が切れた後に作られる後発医薬品があります。後発医薬品は、先発医薬品と同じ有効成分を同じ量配合して作られた、効き目も安全性も同等の医薬品で、先発医薬品の特許が切れた後に製造販売されるため、多くの場合、先発医薬品より価格が安くなるというメリットがあります。
パテントリンケージ制度とは何か?
パテントリンケージとは?
先発医薬品は、通常、複数の特許権で守られているため、一部の特許権が期限切れになったとしても、他の特許権が有効に存続していることが多々あります。そのため、後発医薬品を製造販売するにあたっては、先発医薬品の特許権との抵触が問題になる場合があります。
そこで、薬事規制当局(厚労省等)による後発医薬品の製造販売の承認手続において、先発医薬品の特許権を侵害していないかを判断する仕組みがとられており、この仕組みをパテントリンケージと呼んでいます。
パテントリンケージはもともとアメリカで始まった制度ですが、アメリカでは特別の法律に基づいて制度化されているのに対し、日本では、いわゆる「二課長通知」(「承認審査に係る医薬品特許情報の取扱いについて」(平成6年10月4日薬審第762号厚生省薬務局審査課長通知)及び「医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて」(平成21年6月5日医政経発第0605001号、薬食審査発第0605014号厚生労働省医政局経済課長・厚生労働省医薬食品局審査管理課長通知))に基づく行政実務として対応されています。この二課長通知の中に「先発医薬品の有効成分に特許が存在することによって、当該有効成分の製造そのものができない場合には、後発医薬品を承認しないこと。」との行政機関の内部基準が記載されており、パテントリンケージでは、この記載を根拠に、後発医薬品が先発医薬品の特許に抵触しないかどうかが検討されます。
パテントリンケージの意義や問題点は?
パテントリンケージは、後発医薬品の販売後に、先発医薬品の特許が侵害されているとして訴訟などの紛争が生じることで、後発医薬品が安定的に供給されなくなるリスクが生じることを回避する点に大きな意義があります。要するに、承認後に特許侵害を理由に製造販売できなくなる可能性が高い製品はそもそも承認しない方が、安定的に医薬品を提供できるという考え方です。
しかし、このようなパテントリンケージの仕組みに対しては、「特許権を侵害するかどうか」という本来は裁判所でなされるべき法的判断が規制当局でなされているとの批判もあります。
また、後発医薬品メーカーとしては、特許に抵触するおそれがあることを理由に医薬品の承認が下りなかった場合、国(厚生労働省)に対して行政訴訟を起こすことが考えられますが、医薬品の承認主体である国(厚生労働省)に対して訴訟を起こすことは現実的とはいえません。それならば医薬品の承認に先立ち、先発医薬品メーカーを相手取って特許権侵害がないことの確認を求める訴訟を提起すればよいとも思えますが、過去の裁判例では、このような訴訟提起も認められませんでした。
パテントリンケージにおける情報提供は違法なのか?
以上のような状況で起こされたのが、冒頭でご紹介した「サムスン・リジェネロン事件」や「日本ジェネリック・バイエル事件」です(なお、サムスンはバイエル薬品に対しても同様の裁判を起こしていますが、本記事では説明を割愛します。)。
裁判例はどんな事案?
「サムスン・リジェネロン事件」「日本ジェネリック・バイエル事件」ともに、後発医薬品メーカーが、パテントリンケージにおける先発医薬品メーカーの情報提供が信用毀損に当たるとして訴訟を提起したものです。
パテントリンケージでは、厚労省が後発医薬品による特許抵触の有無を確認する際に、先発医薬品メーカーに対し情報提供を求め、先発医薬品メーカーがこれに回答する運用となっています。いずれのケースでも、先発医薬品メーカーが「後発医薬品は当社の特許を侵害する懸念がある」旨を回答したことから、この先発医薬品メーカーの回答が後発医薬品メーカーの信用を毀損すると主張したのです。
裁判所はどう判断した?
いずれの事案でも、裁判所は、後発医薬品メーカーの主張を排斥し、パテントリンケージにおける情報提供は後発医薬品メーカーの信用を毀損しないと判断しました。特に、「サムスン・リジェネロン事件」では、特許権者である先発医薬品メーカーによる厚生労働省への情報提供は、行政処分に先立つ情報収集行為としての性質上、信用毀損に該当しないとの一般論が示されました。
これにより、今後、後発医薬品メーカーが、先発医薬品メーカーによる情報提供を違法であるとして裁判で争うことは事実上困難になったといわざるを得ず、この点で実務上大きな意義があると考えられます。
今後はどうなるの?
2025年11月14日、厚生労働省は、後発医薬品の承認審査の中で、先発医薬品と後発医薬品との特許抵触の有無について確認を行うに当たり、専門家から意見を聴取できる制度(専門委員制度)を試行すると通知しました。この専門委員制度は、パテントリンケージの問題点を背景として、特許抵触の有無の判断に、中立的な立場である専門家の意見を反映させ、厚生労働省の判断の適正化を図る趣旨と思われます。
厚生労働省の通知によれば、専門委員が厚生労働省に提出する意見書は法的拘束力を持たず、不服申立ての対象にもならないとされていますが、実務上は、専門委員が作成する意見書の内容が、最終的な承認可否の判断に実質的な影響を及ぼす可能性が高いと考えられます。
今回試行される専門委員制度が中立的で適正な結果をもたらすのかどうか、今後も注目していきたいと思います。
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【2026.1.13】
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